odd_hatchの読書ノート

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トーマス・マン「ゲーテとトルストイ」(岩波文庫)-1 二人の作品はスゴいが人間は欠点だらけ

 ゲーテはスゴイ、でもゲーテその人だけで語ろうとするとスゴさはわからない。彼と同じような「神」にあたる文学者はいないだろうか。いた、トルストイだ。この一人では不足なので、ゲーテに対するシラー、トルストイに対するドストエフスキーと比較してみよう。そうすると、ゲーテのスゴさがわかるというものだ。そういう意図かどうかはおいておくとして、1922年に書かれた大部の講演原稿には、この4人が主に登場する。

ゲーテトルストイを「自然」に,シラー,ドストエフスキーを「精神」に対比し,「自然」と「精神」の関係を論じたエッセイ.その関係を,それぞれが求めあう相互的な関係としてみようというトーマス・マン(一八七五―一九五五)の論点は,彼の思想の重要なキーワードである「中間」「中間の立場」を理論的に述べたものとして重要視される.

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 この「自然」と「精神」がどういうものか説明がないか曖昧。俺が勝手に解釈すれば、「自然」は物事が生成する場であり力であるとでもいうか。人間の外部であるようであり、人間の内部に入り込んでいるようでもあり、人間の存在の根源であるようで、人間に敵対しているようであり、多義性のある概念。直観、感受性、感情などは自然の発露であるらしい。ゲーテトルストイは「自然」の側の人。ゲーテは自己肯定、トルストイは自己否定という違いはある。一方、「精神」は人間を他の有機的存在から引き離しきわだたせるもの(こと?)。精神は批判を生成し、健康と病疾に区別される。シラーとドストエフスキーは病的な精神の持ち主。
 という見立てから図式化すると、
ゲーテトルストイ → 名門の出、自然に親和的、造形、科学、貴族風、健康長寿、身体頑健で性欲が強い、共感、ナショナリズム
シラーとドストエフスキー → 身分の低い家の生まれ、精神に親和的、批判、人文学、野卑、病弱で短命、身体に無関心、幻視、コスモポリタニズム
ということになる。
 とはいえ、自他ともに「神」とみなされるゲーテトルストイであるが、講演で語られる二人の様子はとてもそうは見えない。人間関係はシニカルで対等な関係を持とうとせず、常に上の立場に立つ。強い懐疑心を持っていて人を信用しないし、尊大さや懐疑は他人に畏怖とおののきを吹き込み、悪口をよくいう。彼らは自分の仕事に国民的使命を感じていて、教化的な責任を感じていた。それが大量の作品に結集したのではあるが、とくにゲーテでは作品は断片にとどまる。トルストイの絶望癖や猜疑は自死に至らせる。俺はとてもではないが、彼らの周りに行く気にはなれないな。
 では、ゲーテトルストイから何を学ぶべきか、というと、さて。人間と作品を区別して読め、ということになるのか、ゲーテの偉大(とされる作品)のなかにある欺瞞や尊大さを見出せということなのか。トーマス・マンの「中間」「中間の立場」が何かさっぱりわからなかったので、困ってしまう(「最後の断章」で反語イロニーと一緒に論じられているが、俺にはどうでもよいところだった)。


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2023/05/12 トーマス・マン「ゲーテとトルストイ」(岩波文庫)-2 ゲーテは貴族主義でアジア人差別をする保守主義者 1922年に続く