odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大澤武男「ヒトラーとユダヤ人」(講談社現代新書) 反ユダヤ主義がヒトラーの確信・核心であり、終生変わることなく維持し、多数の被害者をだしたことに反省することはなかった

 ナチスを率いたヒトラーユダヤ人虐殺は、政策遂行から派生したとか世論の後押しで行ったという議論があるが、そうではない、徹頭徹尾反ユダヤ主義ヒトラーの確信・核心であり、終生変わることなく維持し、多数の被害者をだしたことに反省することはなかった。それを最新(1995年当時)の研究から明らかにする。

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 ヒトラーがどこからレイシズムに染まったかを明らかにするのは資料の乏しさで困難。であるが、起源や由来を知ることは大きな意味はない。ヒトラーが挫折と貧困にあえいでいた1900-1920年代のウィーンは多民族混交の都市であり、ドイツ人が3分の1程度の人口しかない中で、反ユダヤ主義ユダヤ人排斥論)が蔓延していて、反レイシズムの政策がとられていかなったことを確認すれば十分。そしてWW1の従軍から帰還しミュンヘンに移動して極右の政治団体に属してから、スピーチの大半は反ユダヤ主義ユダヤ人排斥)になる。その中身は、マイノリティによる支配、市民の堕落の根源、メディアのコントロールなどの陰謀論とデマに、愛国主義をまぶしたものであった。空虚で実質のない言葉の垂れ流し。そして行き着くところは民族浄化とジェノサイドの扇動。感化された莫迦が右翼テロを起こす。当時ドイツ国内のユダヤ人人口は全ドイツ人の0.9%(50-60万人)であり、少数者のためにヘイトスピーチヘイトクライムに対抗できず、ドイツ人による反ヘイトの運動もなかった。そのために容易にスケープゴートにされ、犠牲に供されたのだった。ヒトラーは同時に反共でもあったが、それはレイシズムから導かれたものであるようだ。「左翼をユダヤ人とみなす」という発言もあり、共産主義者も一緒に弾圧される。
 21世紀に重要なのは、このユダヤ人排斥の論理(とはよべないずさんででたらめな話)は他国のレイシストも踏襲している。上にあげた排斥の理由は、21世紀の日本では「在特会」のような極右や愛国カルトがまったく同じものをいいふらしている。対象になる民族が異なるだけだ。レイシズム愛国主義と容易に結びつく。ナチスのスローガンは「ドイツ人よ目覚めよ、ユダヤ民族くたばれ」であった。21世紀の日本では「ニッポン・ファースト」「日本第一」となる。今のところそこまでであるが、「日本第一」のあとには特定民族に「くたばれ」は続くのだ。そして特定民族に「国に帰れ」「出ていけ」と憎悪をぶつけることは、殺害や死滅を意味している。実際に政権奪取後に、配下の組織を使ったユダヤ人対象の暴力行為・略奪が実行され、1935年にドイツ民族を規定するニュルンベルグ法が成立してから、ユダヤ人のは「二級市民」になり、資産・職業・資格などをはく奪することが認められるようになった。そして赤字国債の大量発行で経済破綻が目前になると、戦争を開始して政権の危機を回避。そこでユダヤ人絶滅の政策がとられるが、占領地が増えるごとに対象者が膨大になる。絶滅の「合理化」が徹底され、いまだに人数の確定しない「数百万人」というしかない被害者をだすことになる。
 これだけの死者を出しながら、敗色濃厚な時期になり、自殺を既定方針にした後も、ヒトラーレイシズムは変わらない。むしろ後世の人類が感謝するだろうとまで自己賛美をやめない。これはヒトラー個人の資質に帰すよりも、レイシスト全般の傾向とみなしたほうがよい。俺は日本の事例しか知らないが、逮捕や実刑をうけてもレイシズムを辞めるものはまずいない。罰金や収監を経験しても反省しない。わずかなものがヘイトデモや街宣に来なくなっただけ。ヒトラーの非改心は全く納得できることだ。
 ヒトラーの資質や政策はレイシズムであった、という認識は重要。他民族排斥と裏返しの愛国主義が行くつく果てがヒトラーナチスドイツに集約される。それを阻止することは、マジョリティの生活が破壊されることを防ぎ、マイノリティへの差別と排斥を防ぐことである。日本の軍国主義は、日本人が国外でヘイトクライムを多発させることになった。いつでも日本人は差別者としてヘイトクライムを実行できる。これらの歴史的事実を知ることで、レイシズムの蔓延を止めなければならない。