odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

村瀬興雄「世界の歴史15 ファシズムと第二次大戦」(中公文庫)-1

  1929年から1945年。1920年代の緊張緩和は1929年アメリカ発の成果不況によって破られる。これによると、アメリカ経済は数年前から不調になっていたが、株価だけが高騰。株価の下落によってアメリカの経済が沈滞。アメリカの企業はヨーロッパ、南アメリカ、東南アジアなどに投資していたのを一斉に引き上げた。それが各地の経済を壊滅させてしまう。ここらを調整する国際機関がなかったので、規制をかけることができなかったのだね。その結果、各国は保護経済になり、自国と植民地の間の貿易だけで、自給自足経済にしようとしたが、それが植民地や衛星国家の経済を悪化させることになった。各国が周辺国家すべてに経済統制をしかけている/しかけられているようなもの。商圏が狭くなり、資源の調達が難しくなったので、統制経済に移行する。これは資本主義・共産主義に関係なく、ほとんどすべての「先進国」で見られた。ヨーロッパ、東欧、東アジアの諸国は統制経済と相性の良い極右政党が台頭する(民主主義と自由主義の強いイギリスでも保守主義になったくらい。アメリカは民主党ルーズベルトが大統領になったが、孤立主義ブロック経済圏は共通)。イタリア、ドイツ、日本はファッショ政党が政権を持つ(日本をそういっていいのかは問題があるが、とりあえずそうする)。
 通常、不況において民主政権が有効な経済政策をとれなかったので、極右のナショナリズムポピュリズムに国民が賛同したという説明がなされる。そうかもしれないが、1929年の世界不況は1933年には持ち直していて、しばらくは好景気が続いた(1938年にふたたび不況)。たいていの国では、ニューディールのような公共事業と、自国軍隊による軍装備その他の買い上げで需要が喚起された。このやり方はいずれ破綻するのであるが(赤字財政、需要を拡大しない軍備依存)、当面は持ち直していた。経済的な不満が解消される時期ていたのに各国がファシズムに傾斜したことを説明できない(イギリス、アメリカでもナチスを模したファシスト政党ができたが、ほとんど議席をとれなかった)。

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 江口朴郎「世界の歴史14 第一次大戦後の世界」(中公文庫)の感想を繰り返すが、民族・人種差別を拡大し、ヘイトクライムを容認していたことが大きいと思う。イタリアのファシスト党在特会の「お散歩」のように商店街を襲撃し、ナチスユダヤ人迫害を実行し、日本政府が関東大震災朝鮮人虐殺を処罰せず中国や朝鮮、台湾でのヘイトクライムを放置した。最初はマイノリティをターゲットにし、反撃が起きなければ対象を社会主義者労働組合員にひろげ、さらにリベラルや暴力的な右翼にも暴力や制裁を行う。その結果、民族や人種差別と排外主義が国民に浸透し、権力に反抗する機会と気分を失うようになる。経済統制が続いて、1938年以降の不況で生活財や食料が不足するようになっても、権力に不満を感じて愚痴をこぼしても、反権力の運動を実行して広めることができなくなった(その時に、「容共」「反革命」などの敵のレッテルを貼ることが有効な施策となった)。
 国家のファシズム化を、異端の過激な考えに国民が一時的に熱狂したという分析では、次のファシズム化に対抗することができない。国民の「熱狂」を教育や啓発で覚ますことはできないと思うから(これはレイシストを説得しても徒労になるだけをいう認識と一緒)。そうすると、より具体的でターゲットの明確な運動が見えてくる。

 

 

2021/02/01 村瀬興雄「世界の歴史15 ファシズムと第二次大戦」(中公文庫)-2 に続く