odd_hatchの読書ノート

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夢野久作「ドグラ・マグラ 下」(角川文庫)-1

 2020/06/05 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-1 1935年
2020/06/04 夢野久作「ドグラ・マグラ 上」(角川文庫)-2 1935年

 

 膨大な資料を読み終わると、目の前にいたのは正木教授。今は10月20日であるという。教授室から治療場を見下ろすと、そこには原稿とおりの10人の患者がいて、なかには呉一郎と美少女もいる。治療場の呉一郎が振り返ると、その顔は「私」にそっくり。正木教授は離魂病のせいであり、治療場にはいまはだれもいないという。しかも、前額部に痛みがあり、触ると傷のあと。朝はなかったはずなのに。
 正木は呉家の男を狂わすという絵巻物をだし、その由来を説明する。大唐玄宗皇帝の時代、絵の天才呉青秀がいた。楊貴妃にいれあげ、忠臣をおろそかにする玄宗皇帝をいさめようと、青秀は悲壮なる決心をする。すなわち新婚のあいて黛女(たいじょ)の死骸とその腐敗する様子を巻物にし、献上するというのである。6枚の図を描いたところで手詰まりになり、別の女性をかどわかす。ここに至って悪事が露見し、青秀は群衆に追い詰められるのであるが、どうにか逃げ出し、黛女(たいじょ)の双子の妹・芬(ふん)に助けられ、日本に逃げた。途中、青秀は病死。芬とその子供が唐津に到着し、以後呉家として隆盛を誇る。持ってきた絵巻物は男子を狂わすというので、仏像に秘匿していた。それが伝説に魅せられた千代子が取り出し、研究を重ねたのである。
 同じ時期にこの伝説に興味をもったのが、正木と若林のふたり。九州大学医学部の第1期生であり、首席を争った中であり、強いライバル心をもつ。互いに同じ研究で相手を出し抜こうと、呉家に近づき、若林と正樹は千代子と婚約したり同棲したりしたのだ。懐妊が知れた時にはだれが父かわからず、その報を聞くと同時に正木は海外に脱出。しかし若林の動向を探りながら研究を継続していた。すなわち「心理遺伝」を実証するこの事例に対し、科学からアプローチする若林と精神分析・心理学からアプローチする正木のいずれが正しいかを決めるためである。それは実験によるしかなく、生まれた子供(実子の可能性のある!)に絵巻物を見せて、心理遺伝の覚醒を確かめるためなのだ。その過程において
・呉一郎16歳のときの呉千代子の絞殺
・呉一郎18歳のときの婚約者絞殺
・前任斎藤教授の不審死(大正14年10月19日)
・呉一郎20歳のときの解放治療場の大量殺害(大正15年10月19日。午砲をきっかけに起きる)
・正木教授自殺(大正15年10月20日
の事件が起きたのだった。
 正木は読んた資料は若林の用意したものだが、事件の真相はほのめかしてはあるものの、決定的なことは書いていない。完成させるのは「私」だという。拒否すると正木は憔悴して退室。残った「私」は絵巻物の最後に呉一郎の父が正木であると千代子が添え書きしたのを発見する。そのとき午砲が聞こえ、以後記憶をなくす。しばらくして教授室にもどると、資料は整理されていて埃をかぶっている。以前なかった新聞記事があり、それは解放治療場の惨劇と正木の自殺を伝えるもの。
 混乱した「私」はようやく真相(?)に至る。モヤ子の様子を見に行く。冒頭で聞こえた時計の音がして、逃げ出す際に前額部を強く打って失神してしまう。

 前のエントリーの感想を繰り替えすことになるが、「ドグラ・マグラ」は1920年代の最新科学と技術が並べられている。前エントリーで指摘したもの以外でも、「狂人の解放治療」というアイデアやプロジェクトチームによる研究なども加えられる。夢野の目論見は、日本の怪談を最新知見と科学技術を使って探偵小説の形式にして書き直すこと。
 ただ夢野の誤算は、1920年代のトップモードがすぐに陳腐化してしまったこと。ことに、戦後になって生物学や心理学が哲学と縁を切り、彼の批判する物質文明化が一気に進んでしまった。そのために「胎児の夢」「脳髄論」「心理遺伝」などのアイデアはリアリティある学問だったのが、棄却されたトンデモ学問になってしまった。そのうえ映画や電話の技術は更新改良し続け、小説に書かれたことはモデルとして古すぎるものになってしまった。大学のシステムも、研究のやり方も変わってしまった。
 自分の「ドグラ・マグラ」の初読は昭和50年代だったが、ほぼ同時期の「黒死館殺人事件」よりも、乱歩や正史の戦前通俗小説よりも古めかしく思えた。意匠が陳腐化して古いからだし、探偵小説の合理主義や論理性を重視しなかったからだ。今回の再読でも、古めかしいという感想は変わらない。
(意匠の古めかしさと同時に、夢野久作の父権主義や女性蔑視が21世紀には今日的ではない、アクチュアリティをもたないというのもある。)

      

 

2020/06/01 夢野久作「ドグラ・マグラ 下」(角川文庫)-2 1935年