odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

夢野久作「少女地獄」(角川文庫)「あやかしの鼓」「押絵の奇蹟」「冗談に殺す」「悪魔祈祷書」

 青空文庫夢野久作を読む。タイトルはかつて読んだ角川文庫を使った。文庫の収録作と以下のリストは一致しない。あしからず。

 

あやかしの鼓 1926.10 ・・・ 先祖の名人が鼓の名器を作って奉納した。その妖しい響きは受け取った夫婦に悲劇をもたらした。以来百年。名人の家の末裔は父から「あやかしの鼓」に近づくなと言われたが、鼓の音色を聞くうちに、どうしても「あやかしの鼓」を手にし、幽玄で孤独な音を響かせたいと強く願うようになる。いまの鼓の名人に弟子入りし、ついに奉納されたものの門外不出となった「あやかしの鼓」に会うことができた。そこには百年前の悲劇を起こした姫の末裔とやはり鼓に魅せられた青年が二人で隠遁の生活を送っていた。読み始めからしばらくは中島敦「名人伝」かと思って(中島作があと)、芸を磨くことにとりつかれた青年の妄執を読んでいた。それが不在・非在のようなまだ見ぬ「あやかしの鼓」へのフェティシズムの物語に変貌する。フェティシズムを感じるものは次第に増えると、今度は鼓自体が持つ怨念が人々を拘束する。この作がデビュー作なのだが、のちの作品のモチーフが至る所に見つかる。百年前の悲劇がものを介して現在に生きるものを拘束するのは「ドグラ・マグラ」。「(鼓の)魔力にかかって精神を腐らせ」た「無力な人間」の嘆きは「瓶詰の地獄」。妖艶な女が青年を引き込んで性愛の天国に向かわせるのは「氷の涯」。「生きながら死んでいる私」「記憶の喪失」などは上にあげた作品に共通。なるほど、夢野はデビュー作を様々に変奏したのであるか、彼の可能性はすべて最初のこの作品に込められていたのか、と嘆息してしまう。すでに自分の文体をもち、ひとつの物語をきっちりと語る技術をもった職人の仕事。乱歩や正史にも似たような草紙趣味の作品があったと記憶するが、それをあっさりと凌駕する傑作。

押絵の奇蹟 1929.01 ・・・ 女流ピアニストの告白(モデルは久野久か幸田延か)。ある女形役者の前で演奏を披露することになったが、途中で客血して中止になる。だれもが病気かと思ったが、実は生まれる前からの因縁があった。すなわち、福岡中州の水車橋(本書ではみずくるまばし、一般はすいしゃばし)たもとの飢人地蔵横(全部実在)の旧家では明治の最初のころ美しい娘が嫁いできた。働き者の嫁は押絵に抜群の才能を示し、人に請われるまま素晴らしい作品を作る。名声は高まってある実業家から二つの大作を依頼された。おりから福岡公演中の歌舞伎を見て、想を練る。そして作ったものの出来栄えのすばらしさに、櫛田神社(実在)に奉納されるに至った(いまでもあるようだ)。相好を崩していた夫はある時血相を変えて帰宅し、妻を詰問する。お前は不義の女だ、と。なんとなれば、押絵を作ったのちに生まれた娘は押絵の女にそっくりであり、それは福岡に巡業にきた女形役者にそっくりであったから。妻は不義ではないが、お暇すると返事する。夫は娘もろとも刃を刺して殺すとともに、自身は仏壇の前で切腹して果てた。それから幾星霜。押絵の腕は上がらなかったものの、ピアノに才能を示した娘(語り手)は歌舞伎雑誌を見て愕然とする。新進の女形役者が母そっくりであり、生年月日が同じであったからだ。以来、娘は役者と結婚することを望むのであるが、母の秘密を探求するうちに、実は役者と娘は双子であり、しかも心に思った人に似た子を産むという心理的遺伝があることを発見する。すなわち、母は役者に懸想し、その思いを込めて作ったがために、押絵の顔をそのようにつくり、折から孕んでいた胎児にも「遺伝」されたのである。その事実を伝えたいのであるが、すでに代々続く病いにかかっているために衰弱し、必死の思いで手紙を書くしかない。
 なるほど、モヤコの側から「ドグラ・マグラ」を語るとなるとこうなるのであるか。「押絵の奇蹟」1929年のときには「ドグラ・マグラ」(初出は1935年)の構想すでになっていたはずであり、幾多のアイデアが転用されている。心理的遺伝がそうであるし、現在の関係が生まれる前から決まっているということであるし、女の一方的な思いは相手の男に一切伝わらないということであるし、夫婦間のいさかいから生じた殺人事件がのちの世代に連綿として続くことであるし、絵が心理的遺伝の重大なキーになっているし、・・・。そういう類似研究はあるだろうからここまでにしておく。九州は男尊女卑の強いところであるらしく、21世紀においても女性の地位は低いのであるそうだが、それよりまえの明治から昭和にかけてはさらにひどいことになっていたのだ、と嘆息。押絵作りの名人の妻は事業を開くことは禁じられ、家の中のシャドウ・ワークも負担させられ、不義の疑いがかかっただけで夫に殺される。ここをいじらしいとか不憫なとかと読むのではなく、こういう父権社会をどうにかせんといかんと強く思った。後半の娘の成長においても、父につけられた刀傷で男性からからかわれたり風呂を覗かれたりと、セクハラを受ける。彼女は自身のスティグマを恥じるのであるが、男の側の暴力をどうにかせんといかんと強く思うことになった。

少女地獄 1936 ・・・ 3部構成。第1部「何んでも無い」。外科医院に住み込みになった優秀な看護婦。彼女の献身的な仕事は患者の評判を呼び、医院を繁盛させた。しかし、虚言癖はひどく、院長夫婦は翻弄される。ついには特高課長の手を煩わして「アカ」の容疑がないか取り調べるまでに至る。そこにいたって看護婦は家出し、自殺するという手紙を送る。これはひどいなあ。虚言はあったかもしれないが、犯罪を構成する事案がないのに、逮捕までさせて。そのうえ虚言癖は女性の生理によるものだなどという無知と差別意識がある。
 第2部「殺人リレー」。妻を殺しては別の会社で女をあさる運転手。その標的になった女車掌はその運転手に惚れる。同棲して子をはらんだが、運転手は殺しに取り掛かることになった。青髭の日本版。書かれた時代だと「浴槽の花嫁」「ペーター・キュルテン」などの異常快楽殺人者の情報はもう知られていただろう(牧逸馬「世界怪奇実話」(光文社文庫))。
 第3部「火星の女」。女学校で失火事件が起き、黒焦げの死体が発見される。以来、校長が錯乱。女教師が縊死、小遣いが公金を横領して失踪と不祥事が相次ぐ。そこに「火星の女」からの手紙が届く。火星の女とは背が高い女生徒につけられたあだ名。いじめにあっているところを校長が救うが、実は高徳とされる校長は不正と不倫の常習。女教師や小遣いとグルになっていた。
 なんじゃこりゃ。独身女性がセクハラやパワハラを受けて、破滅させられる話ばかり。いずれも被害者の告発なのであるが、作家もこれまでの読者も女性のか弱さとか悲運などを消費するだけ。読まなければよかった。主人公だけでなく、昭和時代の女性は職場や家庭や学校でハラスメントを受けていたのを確認。客の暴言、痴漢などなど。

冗談に殺す ・・・ 初出年不明。タクシー運転手に声をかけられるとなんと失踪した女優。同棲することにしたが、彼女は動物虐待者。殺されたいというのでそうして「完全なる犯罪」を実行。後半は露見して警察に追われるサスペンス。分裂した小説。動物虐待の描写が生々しくていかん。似たような被虐の「変態性欲」の持ち主や男装趣味の女性は乱歩や正史も書いたが、夢野のがもっとも差別的で犯罪的。俺にはあわない。後半のサスペンスはドスト氏「罪と罰」の後半とか谷崎潤一郎「途上」乱歩「陰獣」などのパスティーシュに読める。

悪魔祈祷書 1936.03 ・・・ 夕立にあってあまやどりにきた客に古本屋の親父が問わず語り。古本経営の難しさから時々出てくる奇書のこと。そのなかに17世紀イギリスで書かれた聖書と見せかけた悪魔祈祷書があった。聖書の中身をひっくり返す中世の坊主の妄想と熱情。それがいつか万引きにあった・・・。おちがうまく決まった。でも、書きたかったのは聖書の教義をひっくり返すところだろう。執拗な書き方(しかも途中に欠落がある)はキリスト教への悪意を感じた。
渋澤龍彦「黒魔術の手帖」(河出文庫) 1961年

 

 夢野久作は時間をあけて一冊ずつ読んできた。熱中することがなく、読んでも中身を忘れたのは、上にあるような欠点を見つけたからだろう。読み直してがっかりしている。