odd_hatchの読書ノート

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埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第五章 夢魔の世界」-1「死者の電話箱」

2021/06/25 埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第四章 霧のなかで」-2 1948年

 第五章が発表されたのは、第四章が書かれてから28年後の1975年。なんという長い中断。その間、あきらめなかった作者の意志。

 

 「第五章 夢魔の世界」(第一日の真夜中から第二日の明け方まで)

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 真夜中になったころ、与志は高志の部屋にはいった。そこには、首猛夫が先に来ていて、与志を待っていたらしい。
 首は与志に「死者の電話箱」というアイデアを語る。死に赴こうとしている人に電極を刺して、直接交信するという機械。死につつある人は発話能力がないが、この電信装置によって「応答」できるというわけだ。さらに、多数の電極を指しているので、分節化された精神の断片の「解読しがたい呻き」までも聞き取ることができるという。俺なんかは、精神や意識は言語活動の統合化にあると思っているので、断片化された精神はその名にあたらないと思うのだが、まあいい。それに精神が統合化された全体としてあるのではなく、断片になってもそれぞれが「呻き」のような「発話」ができるという考えが、夢野久作「ドグラ・マグラ」に似ているし、それに影響を与えたエルンスト・ヘッケルの「プラスマ」説と宇宙的な進化を思い出させて微笑んでしまう。そういえば若いころの作者はヘッケルの愛読者であったという。
 さて、そのようにして応答する死者の電話はいくつかの段階を経るという。まず肉体全体に訪れた死のあと、分解と腐敗がはじまると「吾ならざる吾」の応答がある。それが進むと「解読しがたい呻き」という存在のざわめき、私語する無数のざわめきが聞こえる。それは永劫の肯定者である。ついには「《破れた》響き、低い深い怖ろしいような溜息」すなわち《存在からの最後の挨拶》が聞こえる。それで応答はなくなるのであるが、首はその溜息のつき手をつきとめ、溜息の応答者があるという。それを「還元物質」と名付ける。還元物質は「《存在のざわめきたつ嵐》のなか」でうごめいているとでもいえる。
 すでに図式化されているが、さらに付会すると、存在は「吾あり」「吾は吾なり」の時間と空間に限定されている。生と死のあいまいな境界では「吾ならざる吾」であり、死では「存在のざわめき立つ嵐」のなかにただよう「還元物質」となる。「死者の電話箱」による死者との応答は会話から、言葉の断片になり、溜息や呻きになって聞こえなくなる。そうして存在は《存在のざわめきたつ嵐》のなかの還元物質に還元される。ここでは生から死への段階において見られた推移であるが、無から生に至る誕生ではその逆の過程がみられるであろう。だから、のちの章で生まれてすぐに死んだ子や産まれる前に死んだ子の溜息や呻きがはっきりした言葉になって聞こえ、その由来は「還元物質」にある。
 存在は時間と空間の制約を受けている。それなのに存在が「ある」のは、《存在のざわめきたつ嵐》の中の還元物質が泡のようにはじけて、存在に変貌する可能性があるから。これは1970年代以降の宇宙論に近しいね。存在の孤独や寂寥を克服できる可能性を見せるアイデアだ。
 このような「死者の電話箱」のやり取りは「目覚めた人」だけが観察できるという。目覚めるは不眠の謂いであるのであって、重度な不眠症にある高志を首猛夫は揶揄しているのであろう。
 さてここまで語ると、首は「残りのダイナマイトは、いま、何処にある」と尋ね、「××橋の地下工場」という「暗い蔭と光のぼんやりした境界からまったく抑揚もない殆んど同じ低い囁き」を聞いて出ていく。与志には「またすぐに会う」と言い残す。精力的な男のたくらみが進行している。

    

    

 

2021/06/14 埴谷雄高「死霊 II」(講談社文芸文庫)「第五章 夢魔の世界」-2 スパイ査問事件 1975年に続く