odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ボブ・ウォード「宇宙はジョークでいっぱい」(角川文庫)

 1980年ごろに出版されたジョーク集。この本が翻訳されたのは、NASAを見学した訳者が見つけたのがきっかけだという。NASAの宇宙計画のファン、マニアであった訳者だからこそ、このようなインサイダー向けの本をみつけたのだし、当時進行中のスペース・シャトル計画に多くの人が関心をもっていたからこその企画。

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 戦中にドイツのV2号ロケットを開発していたドイツ人がアメリカに亡命。戦後、宇宙飛行が可能なロケットの開発が開始された(大陸間弾道ミサイルの開発と同時進行。というか区別を付けられない)。しばらくは失敗が続いたが、ソ連が先に人工衛星と有人人工衛星の打ち上げに成功したのものなので、アメリカは深刻に動揺した(科学技術に後れを取った焦りと、ソ連の核ミサイルの射程に入ったことの恐怖)。1961年にケネディが人類の月面着陸を1969年までに実現すると、周囲の根回しなしで演説した。そこからNASAに莫大な研究費がついて、プロジェクトがしゃにむに進められた。けっこうドタバタのあるプロジェクトではあった(初期には人死にもあった)が、1969年7月にタイムリミットぎりぎりで成功。そのあと数回の月遠征をおこなったが、途中アポロ13号の事故を起こしたりもした。 ヘンリー・クーパーjr「アポロ13号奇跡の生還」(新潮文庫)参照。
 こういう巨大プロジェクトには多くの人がかかわったので、ジョークがたくさん作られ、口伝えされ、印刷された。それを収集したのがこの本。なので、一読すると、おおよそのプロジェクトの進捗がわかる。ときにミスや事故があり、多額の税金の支出に頭を抱えたりもしても、ジョークにして笑い飛ばす心意気はあっぱれ。
 とはいえ、当時のNASAは男ばかりの組織。そのうえ公民権運動があっても、NASAの周囲の壁のおかげでなかなか影響を受けない。なので1960年代初めには

「なぜNASAには黒人の宇宙飛行士がいないのですか」/「きみィ、それはかん違いだよ」グレゴリー(黒人コメディアン)は落ち着き払って答えた。「連中はみんな黒人なんだぜ。それが、打ち上げの恐怖にさいなまれてみんな顔面蒼白となるわけさ(P110)」

というジョークが生まれた。こんな笑いが許容されていて、しかも黒人宇宙飛行士は1984年まで実現しない。
 あるいは1970年代後半では

NASAの画家が描いた機内生活のイラストレーションは、女性飛行士の作業内容を理解してもらうどころか、偏見にこりかたまった女性たちの怒りをさらにおあり立てる結果になってしまった。/オービターのギャレーでせっせと食事の支度をしているのが女性宇宙飛行士だったのである(P60)」

というのが「ジョーク」になる。そのうえ「偏見にこりかたまった女性たちの怒りをさらにおあり立てる結果」という男性のミソジニーもあらわになる(それを訂正しない翻訳者と出版社の無神経さ!)。
 こういう白人男性優位の閉鎖社会がNASAだったわけだ。白人男性の宇宙飛行士やスタッフの影には、こういう差別されたマイノリティの存在があるわけだが、全く無視されていた(自分の恥をさらすために、2000年ころの初読時にはこのような問題に一切気づかなかったことを書いておこう。まったく当時はぼんくらだった)。

 


 それが2016年になると、NASAでの黒人女性の活躍を描いた映画ができるまでになる。

ja.wikipedia.org


 さて翻って、この国の巨大プロジェクトや公的組織の運営はどうなのだろうか。

  

 ハリウッド映画でも1995年の「アポロ13」と2016年の「ドリーム」ではNASAの描き方も変わった。