初出は1958年。書かれた時代はその少し前。中学生のときの初読では意識しなかったけど、当時の政治状況を反映した作品が多かったのだね。まあ、自分の中学生のときには米ソ対立構造は書かれたときと同じように続いていたので、違和感はなかった。21世紀に読むには、ちょっと歴史のおさらいが必要かも。
ショートショート
ブードゥーの魔術/歩哨/最初のタイム・マシン/あたりまえ/実験/血/至福千年期(ミレニアム)/効きすぎ/立ち入るな/武器
これがショートショートってもんだ!という典型例。面白いのは、ときに人類や白人を相対化する視点をもっていること。「歩哨」「立ち入るな」など。1951-55年にかけて書かれた。
短編
選ばれた男 1950 ・・・ 宇宙人の侵略を救ったアルコール依存症患者(というよりこの短編では「アル中」のほうがよい)。
ドーム 1951 ・・・ 熱核戦争勃発のニュースを聞いた博士は自作のシェルターに閉じこもった。以来30年。ドームを開ける決心を博士は持てない。
鏡の間 1953 ・・・ 明るい部屋で目を覚ました青年。机の上の一通の手紙。それを読むのを躊躇する青年。タイムマシンテーマを二人称で書くという新機軸。ドアを開けた後に見える永遠。この一編は美しく、残酷で、恐ろしい。すごい。傑作。夢野久作「ドグラ・マグラ」の超短縮版といっていいかも(たった12ページ)。
地獄の蜜月旅行 1950 ・・・ 米ソの関係が厳しくなり、核戦争の恐怖があるころ、突如男女の出生比率がおかしくなった。このままでは人類は戦わずして滅亡する。そこで米ソで選抜された男女2名を月基地におくり、そこで子作りをすると問題が解決するのではないか。というわけでアメリカの男性飛行士とソ連の女性飛行士が月に向かう。書かれた年代に注目。鉄のカーテン演説の直後で、朝鮮戦争勃発。この時期にこの関係修復の寓話を書くとはねえ。
最後の火星人 1950 ・・・ 自分は火星人だと思い込んだ男がバーにいて迷惑していると、向かいの新聞社に電話がかかってきた。ひまな記者がでかけて、話を聞きにいく。まあ、なんだ、東欧やエストニアあたりの難民がアメリカに来ていた時代だよな。
鼠 1949 ・・・ セントラルパークに宇宙船が下りた。中にはネズミに似た生物の死骸ひとつ。他はなにもわからないが、突如、大統領や各国の総理大臣などが自殺したり、軍艦が攻撃された。経過をみていた生物学者の考えは……。目に見えない侵略者というのは、まあ、戦前の敵国スパイの恐怖を拡張したものだな。
闘技場 1944 ・・・ 外銀河系からの侵略者と人類は決戦を迎えていた。前哨戦では互いの兵力が互角と思われた。戦闘機乗りのカーソンは一撃を食らわそうとしたら、闘技場にいた。自分と敵の一個体のみ。まるで「太平洋の地獄」のようなありさまだが、こちらでは生死を決めるまで戦わなければならない。ここでは講和や和平が不可能だから。コミュニケートできずせん滅するしかない敵の生命体は、全体主義国家、ファシズム国家の云いなのだろうなあ。書かれた時代に注目。
かくて神々は笑いき 1943 ・・・ ガニメデ探査の宇宙船乗りの話。ガニメデ人とコミュニケートでき、彼らは人類にイヤリングを渡した。奇妙なのは、死ぬほどの傷を受けてもガニメデ人は動くことができ、イヤリングを外すと死んでしまうということ。となると、もしかしたら。これも敵国スパイが暗躍する恐怖を募らせる物語だな。
スポンサーから一言 1951 ・・・ 1954年6月9日午前8時30分、あらゆるラジオが「スポンサーから一言」、やや間があって「戦え」と伝えた。それを聞いた人たちは一斉に戦意を喪失し、大統領と書記長は困惑する。哲学者に生物学者に聖職者に共産党員まで意見のヒアリングのために呼び出されるというのはおもしろい。アメリカの民主主義では「公聴会」は重要な施策。
翼のざわめき 1953 ・・・ 無類のポーカー好きがセールスマンに負けた時、セールスマンは「13ドルと引き換えに悪魔に魂を売ります」と書いて署名しろといった。「悪魔との取引」テーマの古典。というより、男のロマンティシズムと女のリアリズムの違いか?
想像 1955 ・・・ 詩のごときもの。
少し政治的・社会的に読みすぎたかな。この種のSFやショートショートは、そういうことを読者に要求するものではないからねえ。同時代に短編を書きまくっていた少し年下のブラッドベリ、スレッサー、PKDにはこれほど政治・社会状況を反映したものはあまりなかったとおもう。ブラウンが政治的であったとは思いにくいので、思わず筆の滑ったところかな。そういう無意識に当時の世相が現れるということで、この短編集は貴重。ただ、興味深いのは、ブラウンはある種の相対主義的な視点を持っていることで、「白人」「国家」「人類」などを無意識に優遇する観念を批評している。ハインラインやエリック・ラッセルなどの同時代SF作家は、いわば<帝国>主義的な視点を疑うことはなかったので、ブラウンの立場は非常におもしろい。「火星人、ゴーホーム」のようなアメリカ批判は、ハインラインには思いもよらないだろうし。(「月は無慈悲な夜の女王」はアメリカ独立戦争の神話化だしね)。
ここに収録されたショートショートは、一時期はSFのセンス・オブ・ワンダーの典型例としてよく紹介された。「最初のタイム・マシン」「実験」あたり。これらのアイデアはいまでも衝撃的だとおもう。
ただ、風俗が古びてしまった。1950年代アメリカの風景は、陳腐で古めかしいと思われてしまう。あと50年たつと、歴史になるから2013年の今日に読むような違和感というかむずむずするいたたまれなさはなくなって、「古典」になるのだろう。
と、ブラウンのファンである自分はちょっとばかりよいしょしておくことにする。もっと読まれてほしいんだよ。
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