odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ロス・マクドナルド「トラブルはわが影法師」(ハヤカワ文庫)

 1945年2月(この日付は重要)、久しぶりの休暇を得た海軍少尉サム・ドレイクはホノルル経由で、デトロイトに変えることになった(このおかげでサムは沖縄戦を経験しなくて済んだし、たぶん原爆投下にもかかわっていない)。海軍の友人に誘われてパーティにいくと、地元のラジオ放送局勤務の女性アナウンサーが首をつられて殺されていた。友人の士官についている黒人兵士は寄港中に失踪。頼まれて兵士の妻のところにいくと、泥酔で話にならない。翌朝、再訪問すると首を切られて殺されていた。彼女の出入りする黒人バーでは、「ブラック・イスラエル」という謎の言葉を聞く(この黒人専用のバーに白人が入ると、喧騒が止み、音楽も消え、敵意の視線を浴びる。これは重要。チャンドラー「さらば愛しき女よ」の冒頭でも同じようなシーンがある)。

 サムは女性アナウンサーの友人メアリーといい中になり、デトロイトで再会。逢瀬を重ねるうちに、愛が芽生え、メアリーも受け入れる。メアリーの新しい勤務先がサン・ディエゴ。もうすぐ休暇も終わりなので、一緒に出掛けることにする。当時は大陸横断のコンパートメント付の長距離列車で移動するのが通常(飛行機の登場で鉄道が没落するのが1950年代)。コンパートメントでであったさまざまな人々。友人になったのもいれば、とげとげしいビジネスマンもいる。サムは列車で手を入れたという闇ウィスキーを飲んでいると(禁酒法がまだ継続中だったみたいだ)、ひどく悪酔い。風にあたろうとしたら、後頭部を殴られ、危うく列車の下敷きになるところ。一緒に飲んでいた軍人は混入していたエーテルで中毒死。軍人が書いた手紙の宛先がサンタ・バーバラにあり、メアリーが止めるのを聞かずに訪れると、先回りしている男がいた。
 1946年に書かれた長編第2作(リュー・アーチャーは未登場)。物語を語るのにせいいっぱいという感じで――それでも、ストーリーテリングと伏線の仕込みと回収は見事だ――人物を深く掘り下げるところまではいっていない。とくに主人公で語り手のサムの造形がまだまだ。一本気で喧嘩に強いが、情には弱く、人を信じやすくて肝心なところを見逃すというのは、のちのカメラ・アイを持つ冷徹で社会の奥底まで覗き込む一千ミリのレンズにまで至っていない。まあ、アメリカの大衆小説の主人公らしいといえばそうなのだけど。それに多くのシーンが借り物みたいで、どこかの映画にありそうな場面になってしまうのも。作者が経験してきたアメリカ海軍の描写は詳しいけど。
 というわけで、のちの充実からはほどとおい。そのかわりに目を見張ることになったのは、1946年における白人からみた黒人描写にある。冒頭あたりで、サムは戦場体験から黒人に親近感をもっていて、帰還する黒人兵士の多くが経済格差と差別にあうことに同情的。国のために苦労した戦友がなぜ国に戻ると悲惨なめにあうのか(この感情は多くの人の共有するところになり、1947年のジャッキー・ロビンソンメジャーリーグデビューにつながる)。あるいは、黒人暴動を研究する社会科学者がいたり、彼の示唆で秘密組織の情報を得るために黒人の列車のボーイにきわめてジェントルな態度で質問したりする。白人老婦人のレイシズム丸出しの発言にサムは嫌悪を隠さない。こういう公平さを1946年という時期に提示しているのに驚いたし、その社会的な視線の描写に感動した(上記の黒人バーでの冷たさの描写を含めてだ)。
 一方、大衆小説のせいか限界があるのもたしかで、「ブラック・イスラエル」が黒人の公民権の獲得のためにナチスまがいの統制とテロリズムの組織であるとか、ホノルルにはその息のかかった日本軍スパイ組織があるとか。戦争を反映した国家間の敵愾心や恐怖感の扇情を描くのはなんとも心寒いことになる。まあ、チャンドラーも1940年ころの短編には、日本とドイツのスパイがアメリカで暗躍する陰謀小説を書いていたから、仕方がない。この国では1962年に雑誌連載されただけで、1978年に文庫化されるまで紹介されなかったのも無理はないか。
 あと、列車で殺された軍人は1937年に南京にいて、虐殺事件を目撃しているとされる。たくさんの死体を見て、吐き気を催したと述懐していた。1946年にアメリカの作家が、この記述をしていることは重要。軍事裁判とは別に、あの事件のことは国際的に報道されていて、アメリカでは周知になっていた。