odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

イアン・ワトソン「ヨナ・キット」(サンリオSF文庫)

 タイトルはいくつもの意味が隠されているとみえる。まず「ヨナ」は登場するクジラの名前であるし、ソ連の研究所が推進しているプロジェクトの名前であるし、もちろん聖書に登場するクジラに飲まれたヨナでもある。「キット」はそのまま部品とか一部を構成するパーツのことであるし、ロシア語ではクジラ(ハクジラの仲間)の名前であるらしい。では両方を組み合わせたときどういう意味になるかというと、この小説を指すことになるのか。

 3つの物語が交互に進行する。
 まず、ロシア・サハリンにある生物学(?)研究所。ここでは人間の意識を生物に刷り込む(インプリンティング)する実験をしていて、知能が高いといわれるクジラに埋め込む。そのクジラは外洋に放されていた。その研究の延長で、宇宙飛行士ニーリンの脳を生まれたばかりの赤ん坊に刷り込んでいたが、6歳になったときに介護人ともどもニホンに亡命。日米の研究者は、白痴とも高機能自閉症児(という言葉はないが)とも思える子供に唖然とする。
 次には、イギリス人の天文学者チームが、宇宙創成にかかわる新しい学説を発表した。それはこの宇宙ができたのは偶然で、神や超越意識のような創造者を必要としない宇宙論。まあ、宇宙がひとつではなく、なにか泡のような広大な領域のごく一部で揺らぎができた時にビッグバンになるというイメージ。これには世界中の人が驚き、人生と世界の意味を喪失して自信をなくし、自殺病が蔓延するという事態になる。
 この二つの関係者は、6歳の亡命希望者を介して、それぞれの研究の詳細を知り、新しい宇宙論ソ連の研究機関を通じてクジラに刷り込むことにする。もともとあるクジラの「言語」「情報処理」体系が記号処理に特化しているので、それに近い数学的思考と情報を刷り込ませることで、生体コンピュータのような機能を持ち、新たな認識をもたらすと期待したのだ。
 途中には、刷り込みされたクジラの内話が挿入される。固有名を持たないし、空間や時間の認識が異なる生物の「意識」を書くものだから、とても難解。そこでは、ふたつの意識(クジラの生得的なものと刷り込まれた人間のもの)のぶつかり合い、葛藤、それを乗り越えようとする価値体験みたいなのが描写される。
 著者はイギリス生まれであるが、1967年から来日して東京教育大学の講師をしていたそうな。なので、1975年に書かれたというのに舞台のひとつはトウキョウ。これがまたキッチュな都市で、電脳化やネットはなくとも、さまざまな情報が交錯し、世界の歴史のさまざまなスタイル(建築や服装、風俗など)が混交している。西洋的な歴史と秩序を持たない、空虚であるが猥雑でエネルギッシュな場所(ギブソンニューロマンサー」の10年前だよ)。そのうえ、ニホン人の意識は呪術的で神秘的。生と死の境界はあいまいで、そこを貫くのは美意識。セップクを行うのは難しいことではない(ユキオ・ミシマの事件がその象徴)。そういう西洋的でない意識があるので、ニホン人が媒介することで宇宙論とクジラを結びつける実験の構想が生まれたのだ(ソムトウ・スチャリクトル「スターシップと俳句」の5年くらい前)。あいにく、実験の結果は、世界的な意識の危機を救うどころか、もっと悲惨なことになるのだが。
  主題は意識の変革。一世代上のコリン・ウィルソンオルダス・ハックスリーみたいな瞑想やドラッグで意識を変えるのではなく、マシンやプログラムで意識を改造・改変するというのが違い。身体負荷をかけず、意識を身体の外部に持ち出すというのがクールで、新しかったと思う。これはのちのサイバーパンクの先駆ともいえるかな。
 1975年当時の最新の科学知見が押し込まれている。宇宙論素粒子物理学、情報処理、コンピューター(当時はパソコンではなくサーバー-クライアント型)、クジラ学、行動心理学、東洋思想などなど。そこに当時の世相(米ソ冷戦、ヒッピー文化、ミシマのセップクなど)のイメージを重ねている。なるほど頭のよい人が、溢れるイメージと知識を叩き込んだ一冊。ストーリーのつじつまあわせ、人物造形のリアリティ、なにそれと啖呵をきるくらいにとんがった作品。これはなかなかに手ごわい。なにしろ、最初の100ページまで、いったい何が書かれているのかまるでわからないという手探りの読書だったのだから。そのせいか、多作なわりにこの人の作品はあまり紹介されていない。サンリオSF文庫で70年代の長短編7冊の訳出計画があった(「マーシャン・インカ」の表3リスト)が、実現したのは2冊だけ。それも今に至るも復刻されていない。第1作の「エンベディング」は翻訳された。