odd_hatchの読書ノート

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アガサ・クリスティ「無実はさいなむ」(ハヤカワ文庫)

 田舎の資産家アージル家では2年前に殺人事件が起きていた。慈善事業家で莫大な資産をもつレイチェル夫人が息子と言い争いをした直後に殺されたのだった。言い争いをした息子が犯人ということになり、事件は解決し、息子は獄中で病死した。あるとき、アージル家を地理学者が訪れる。その事件のあった時刻。犯人とされた息子をヒッチハイクで拾って、ずっと話をしていた。事件の捜査が再開される。
 平穏な家の雰囲気ががらりと変わる。レイチェル夫人は慈善事業に熱心であったが、強引でもあった。戦前から家に問題のある子供たちの託児所を作り、戦中は孤児を引き取った。戦後、経済が落ち着いてそのような子供たちがいなくなった時、手元にいた孤児を養子に引き取った。彼女は金と満足が孤児の愛情を勝ち取れると信じ、子供らの生活や選択に介入し続けた(いまなら子供に対する親の過干渉とされるような事態)。その結果、養子たちは見かけは問題なくとも、様々な憎悪をもっている。レイチェルが事業に没頭すると、夫は放置され、学究生活に閉じこもる。そのような不安定さを持っていても夫人の存在が隠していたが、不在は家に住まうものを疑心暗鬼と不安に導く。とりわけ事件の再捜査によって、犯人とされた不行状の息子に罪を押し付けることで得た安心がなくなることで、強化されるのだ。タイトルのように無実が暴露されることで罰があったかのように心はさいなまれるのである。

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 二年前の事件はあいにく物的証拠が現れない。証言も覆されない。再捜査もはかばかしくない。
 小説は奇妙な構成。最初の三分の一は、無実の新証言をもたらした地理学者の視点。事件に関わりをもったために、家族を外から調べようと関係者を訪問する。ほとんどハードボイルドの雰囲気。突然、家族の視点になり、警察の再捜査を待つ関係者の心理が書かれる。警視の到着前日に向けて、緊張し、疑惑の増していく内面描写はみごと。「ゼロ時間へ」の趣き。後半三分の一は警察の尋問がはかばかしくなかった後におこる家族の確執。それぞれが自分の不満や不安の原因を探し、人と話あうことで解決しようと試みる。でも犯人が横にいるかもという疑いは本心をさらけ出すには至らない。家族の過去の確執には関わりのなかった男が軽率な探偵ごっこを始めると、2年前の事件と同じような状況で殺されてしまった。そのうえ、別の養子の娘も刺されてしまう。この展開と記述の仕方は「そして誰もいなくなった」を踏襲。
 シリーズ探偵がいると、そのキャラクターに寄り添った記述をするので、なかなか関係者の内面に踏み込めないのだが、その枷を外すととても充実した描写ができるようになる。サマリーで類似を連想した諸作もシリーズ探偵の出てこないもの。いつになく重苦しい、緊張感のある記述になって、とても読みでがあった。それぞれの関係者はキャラが立った突拍子もない/類型的な人物ではないのに、いかにも読者の周囲にいるような自然さと存在感をもっている。
 クリスティは1960年代に気に入っている自作を10冊あげているが、本書が入っている。ファンの選ぶものがはいっていなくて、あまり有名でない1940年以降の作品が半数も入っているのが不思議だったが、なるほど作者が自信を持っている作品なのがわかる。探偵小説や犯人当てを目的に読むと肩透かしに思いそうだが、そこで評価してはいけない。読書の楽しみを味わう佳作。1958年作。