odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

橋本努「経済倫理 あなたは、なに主義?」(講談社選書メチエ) 経済倫理のイデオロギー8つを比較検討。著者の作った48の質問に答えて、政治的自由度と経済的自由度の評点を作ろう。

 自分の主義主張を言語化して、一貫した形式(イデオロギー)にしてみよう。首尾が一貫していると他人への説得力が増す。とはいえ、イデオロギーは環境に規定されていて、考えるたびに変化する。首尾一貫そのものには価値がないので注意。判断や是非をつけられないときは、懐疑主義相対主義が使える(とはいえ、懐疑主義相対主義イデオロギーではないので、そこからの脱却を試みるべき)。
 ここでは人間の経済行為について、市場社会はどのように倫理的であるべきかを考える。どのイデオロギーでもそうだが、イデオロギーの要請する善を実現しようとすると、不利益や損害がもたらされる集団がある。それをどこまで許容するかで主義主張の立ち位置が決まってくる。
 また経済倫理ではイデオロギーの類型があるので、自分の主義主張がどれにあてはまるかを見るのは大事。
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 第1章 一貫した経済倫理の立場を形成してみよう ・・・ 経済倫理の4つの問題を検討。1.企業(道徳か利益か)、
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2.経済(公正か秩序・安定か)、
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3.組織(自由な関係性か人為的なリベラルか)、
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4.政府と企業(包摂主義か非包摂主義か)。
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これだとよくわからないので、具体的な事例で考える。どれを選択するかで16とおり(2の4乗)の立場ができるが、とくに支持者の多い8つのイデオロギーがある。
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イデオロギーを確認するための問題を考えるときはむりやりにでもYes/Noで考える。実際の政策では極端な策にならないようにある程度の折衷策になるから。あと自分はどうするかではなく、社会はどうあるべきかという立場で考えろとのこと。)

第2章 イデオロギーの立場を分類してみよう ・・・ たぶんアメリカを事例に8つの立場を紹介。
新保守主義ネオコン):リベラルの再定義、反福祉国家
新自由主義ネオリベ):小さな政府、秩序と成長のための自由
リベラリズム福祉国家型。既存慣行からの自由
国家型コミュニタリアン自治・参加・美徳。社会全体の秩序(全体主義に近接)
地域型コミュニタリアン:ローカルな共同体(アナキズムに近接)
リバタリアニズム:原理的な自由
マルクス主義/啓蒙主義:理性による統治(設計主義と革命を除くとリベラリズムに近接)
平等主義/啓蒙主義格差是正
20世紀にはやった社会民主主義。リベラルとマルクス主義の間で引き裂かれている(つないでいるのは設計主義。これがなくなったので引き裂かれている)
 自己の内面と社会の倫理の間で引き裂かれているケースが多い。

第3章 最近の経済倫理問題について考えよう ・・・ リベラリズムの中での意見の違いや対立が起こることがある。ここでは包摂主義/非包摂主義をさらにわけてみる。包摂主義は温情的介入主義で祭祀型と主体化型に分かれる。非包摂主義は非温情的不介入主義でヒューマノイド型とサバイバル型がある。この観点で最近の経済倫理問題の対処法を検討する。事例ごとに最適解を得ればいいのではないかという意見があるが、最近の政策決定は当事者の情動表現に左右されていて政治の理念が機能していないという問題がある。思考のパターンを一貫させナイト民主主義は機能しなくなる。
<参考エントリー>
東野圭吾「虚ろな十字架」(光文社)

第4章 「市場の倫理」と「統治の倫理」 ・・・ 経済と市場の関係、すなわちタイトルを考える。手がかりはジェイコブズ「市場の倫理 統治の倫理」。

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市場の倫理は行政者(巨大組織の運営)、生活者、企業家のそれに分類できる。統治の倫理は封建的共同体(共同体の善)、貴族的精神(上位者の心得)、ポスト近代社会(消費社会における賞賛の基準)。最近は市場でも統治でもない倫理がある。清貧、スローライフ、マイノリティ(文化的社会的弱者)への感受性。これは老後の倫理ともいえる。

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第5章 政治経済の羅針盤―あなたは「右」?それとも「左」? ・・・ 著者の作った48の質問に答えて、政治的自由度と経済的自由度の評点を作ろう。すると、リバタリアニズム福祉国家リベラリズム保守主義共同体主義の4象限のどこかにプロットできる。

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注意するのは、共同体主義には権威主義共産主義全体主義が入り、リバタリアニズムには新自由主義がはいる。過去のファシズムvs共産主義の対立は共同体主義内の対立であり、現在のリベラルvs保守の対立には使えない概念。

 ネットでできます。 政党座標テスト

www.idrlabs.com

(著者が言うように質問は著者の恣意性が入ると同時に、制度の変化で無効になったものがある。著者が作成してから干支をひとまわりしていまだに有効であるかは疑問。)

第6章 価値観マップを作ってみよう ・・・ イデオロギーは価値観に規定されている。ということで個人と社会の価値観を調査したシュヴァルツとイングルハートの価値マップの研究を紹介。分析はおもしろいものだが、煩瑣になるのでサマリーは作らない。(俺にとって重要なのは、国や職業に関係なく、慈愛心・自己統御・普遍主義・安全・一致適合・達成・快楽・伝統・刺激などの価値観の順位はほとんど変わらないということ。シュヴァルツやイングルハートは文化・経済・地域などによる異質性を見出す分析を試みているが、それよりどこでも価値観の指標や順位がほぼ同じであれば、共通善(@アリストテレスやサンデル)があって、正義が普遍的な内容になるだろうということが大事。)

 

 思考のパターンを知っておくと、思考の節約になる。俺のようなロートル自由主義と民主主義と社会主義共産主義の4類型で物事を考える癖があるので、1989年以降の世界動向を踏まえた政治哲学の8類型を知ることは大いに役立つ。
(素人考えで言うと、イデオロギーの8つの類型は社会の同質性を前提にしている。これを社会は異質であるという前提から組み立てていくとどうなるだろうか。この国では同質性の幻想が強いので難しいと思うが、たとえばシンガポールやマレーシアのような異質な集団が集まって国になっていところや、カナダやオーストラリアのように移民や先住民を尊重する政策をとっている国で考えると異なるイデオロギーが生まれるのではないか。そんな妄想。たぶんアマルティア・センがそういう思想ではないかと妄想してみる。いろいろ間違っていそうだが、とりあえずのメモ。)
 後半で自分がどういうイデオロギーなのか、価値観をもっているかのアンケートがある。これを読者が自力で計算するのはやっかい。エクセル表を作って集計するのが面倒。ここはぜひネットのアンケートを作って自動採点できるようにしてほしい。簡単な属性アンケート(年齢と職業程度と生まれ:ここは微妙な論点を含んでいるのでプロの監修が必要)を加えると、大きなデータを得て分析ができるようになると思う。検索してもネットにはなさそうだったので残念。
 2008年初出。

 個人的な書付。初読のときは第2章が終わったところでギブアップ。なにをいっているのかわからなくなり、サマリーもつくれなくなったので。そこで読むのをやめて2か月寝かした(間に政治学の教科書などを読んでいた)。それから再読したら、特につっかえるところもなく一気に通読。本居宣長の教え」「わからないところはそのままにして先に進む(あとで立ち返ることが必要。そのときには理解できるようになっている)」がそのとおりであることを実感した。
石川淳「癇癖談」(ちくま文庫)