第2次大戦の惨禍(と東西冷戦)は、分断された欧州ではふたたび戦争を起こすことが懸念された(と同時に、中世から近世の宗教戦争による分断の記憶も想起された)。そこで、緩やかな統合の試みが戦後に始まる。最初は石炭の生産と流通の壁をなくすことだったが、次第に範囲を広げていく。そして東欧革命以降の1993年に発足。以来、拡大と深化を続けている。
本書によると「複数の国家が共通の機関を設立し、主権の一部をプールし、共同行使する統治の枠組」であり、「超国家的統合体」とされる。下記にあるように、国民国家や大衆(記述にはないが民族ネーション)などを保存。共産主義の理念にあった国家の揚期や廃絶は念頭にない。最初は統一通貨の管理から経済の規制縮小などを行っていたが、しだいに扱う課題や範囲を広げていく。そうすると、国民国家や大衆(民族も)と「超国家的統合体」に理念や感情のずれが出てくる。そこに経済破綻国家の救済や加盟国外からの移民増加などで、国家や大衆の負担が増加する(と思われる)とこの枠組みに反発も出てくる。
それらをどう思うか。検討以前に欧州連合の中身を知らなかったので、本書で概要を把握することにする。
第1部 EUの実像―超国家的統治体の仕組み
EUを知るために―統治機構としてのEU ・・・ コミッション、理事会、欧州議会の3組織からできている。ミッションは、域内市場単一通貨、共通外交・安全保障、警察・刑事司法協力。規制撤廃や経済的社会的弱者保護、持続可能成長経済なども目的にしている。
(各国の主権との兼ね合いをどうとるかで問題になることもあるが、調整機能が働くようにしている。)
拡大するEU ・・・ EUの前身になる組織は1952年6か国で始まり、以後拡大している。加盟にあたってはヨーロッパであることを条件に、コペンハーゲン基準(民主主義、法治、人権マイノリティ尊重の政治、市場経済など)を審査し、国政改革や修正勧告などを行う。
(「ヨーロッパ」の範囲は歴史的文化的に決まるのではなく、政治的に決まる。周辺諸国とは「欧州近隣諸国政策」を締結sる。EC加盟は統一市場経済のメリットもあるが、財政負担を課せられる。と同時に不安定な政治や破綻した経済の国の救済を無制限に行えるわけではないという考えもある。地球すべてをEUにする意思は持たない。)
変貌するEU―欧州憲法条約からの転換 ・・・ EUでは規制撤廃の自由競争強化の政策は実現しやすいが、共同統治型の政策はコンセンサスが得にくく実現しにくい。その例として「欧州憲法」の批准失敗。
2007年当時のEU[加盟国
第2部 EUを動かす論理―国家主権を超えて
域内市場の論理 ・・・ 国際経済統合と国民国家と大衆政治を同時にみっつ達成することはできないというトリレンマ仮説がある。EUは国際経済統合を目指しているので、国民国家や大衆政治に規制をかけることもある。そこは調整や相互承認でうまくいくように努力している。
自由移動と各国文化 ・・・ 加盟諸国の文化を尊重するために、国の法令を調和させることは禁止されている。しかし、人・モノ・サービスの自由移動が国内法で規制されることがある。EU司法裁判所で新しい事態の判断を出すことがある。
(ある国でOKなこと(酒類の広告、人工中絶など)が他の国でNGであったとき、他の国の国民はOKなところにいって自由を行使してよいか。)
EU市民権の論理 ・・・ 加盟国の居住者はEU市民健をもち、移住・居住の自由があり、それぞれの国の福祉政策の対象者になれる。LGBTにも婚姻その他の権利を認めた。EU市民健を持たない外国人は、各国の移民政策で対応がまちまち。調和を検討しているが、移民の増加もあって困難。
参考エントリ:宮島喬「ヨーロッパ市民の誕生」(岩波新書)
単一通貨の論理―ユーロの仕組み ・・・ 単一通貨の目的は物価の安定。そのために各国はインフレ率、長期金利、財政赤字の基準を満たすことが必要になる。なお、金融政策は欧州中央銀行が一括して行う。
(すべての国が健全な財政であるわけではないので、在戦破綻した国が出たときに足並みが乱れる。ギリシャ、アイスランドなど。)
「ヨーロッパ」はこれまでは歴史的分化的に考えてきたので(クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」平凡社ライブラリなど)、ECの加盟国が東欧や北欧、大西洋諸島も含むことに驚きをもつ。一方で、北アフリカのヨーロッパからの移民が多く住むところが除外されるのには違和感も。あくまで欧州であって、世界を覆う連合ではないという理念と意思があるわけだ。また、欧州連合のコミッションや理事会のメンバーは加盟国の大衆による選挙で選ばれたものではない。加盟国の総人口が5億人にもなるとすると、民主主義や自由主義による政治をその理念とおりに行えるものではなく、実験が続く。
基本的人権の理念が誕生した場所であるので、人権の範囲の拡大と深化には積極的。上記「EU市民権の論理」のように加盟国内ではどこに居住しようと、福祉の対象から除外されることはない。日本が在日コリアンの人権を制限し、ヘイトスピーチ抑止に消極的であるのと対照的。
一方で、「民主主義の赤字」という言葉があって、EUの存続のためにはコストがかかる。最終的には市民・大衆の負担になる。経済が失速し失業が増加すると、不満はそこに向けられる。したがって、移民や難民、マイノリティへの排外や差別が起こりやすくなっている。極右の排外主義・差別主義の団体も支持を受け、ヘイトクライムを起こすことがある。
安定の目指しながら、つねに不安定や不寛容の脅威にさらされながら、存続する欧州連合には注目。