odd_hatchの読書ノート

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木村靖二「第一次世界大戦」(ちくま新書)-2

2021/03/19 木村靖二「第一次世界大戦」(ちくま新書)-1 2014年の続き

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 1917年は重要な転機。
 ひとつはロシア革命。この年の2月革命でロマノフ朝が倒される。きっかけは都市民による食料要求デモだった。ロシアは食糧輸出国で国内の備蓄は潤沢だったが、軍隊輸送を優先したので民生が後回しになり都市の食糧が枯渇した。さらには兵士の厭戦気分の蔓延。国家意識を持たない人々には戦争目的を共有できないので、長期化する戦争に耐えられなくなっていたのだ(当時の軍隊は収穫時には帰郷する制度があったが、戦時下では行われなかった)。国民国家は総動員体制による戦時経済を実行できたが、専制国家ではそのような下からの協力がない。また、専制国家の被統治国では統治民族の差別や抑圧があったにもかかわらず動員されたので、厭戦気分が生まれるとともに、自民族の自立意識が強まる。これも専制国家の軍隊が強靭にならなかった理由。実際、ロシア革命のちにロシアから独立する民族闘争が生まれ、東欧・バルカン半島に民族国家が樹立する(のがうまくいかなかったのは林健太郎「両大戦間の世界」講談社学術文庫に詳しい)。戦争の長期化によって、戦争指導が皇室から政治家・軍人にうつり、皇室の存在感が薄れ権威が失墜する。国民を結集する理念が貴族王室から国家理念や歴史に移行する。敗戦後には連合国・同盟国にかかわらず多くの専制国家で皇室が廃位する。
ロシア革命に即すると、2月革命後のケレンスキー内閣はドイツとの戦争を継続。反対するレーニンフィンランドに亡命。7月にガリツィアで敗北して、ケレンスキーの支持が失われ、ボルシェヴィキ指導で10月革命となる。ケレンスキーらが戦争終結交渉をするとか決戦をあきらめ長期戦にするとかの別の戦術をとればボルシェヴィキ政権はなかったのかもと妄想してしまう。なおレーニン政権は停戦交渉を行って戦争から離脱するが、ロシアの停戦は英仏の戦意をそぎ、連合国を危うくするところだった。)
 戦争当事国は、いずれも戦時経済体制に移行する。原料の調達から分配、生産労働力の確保、食料の配給などに国家が介入し市場の機能を国家が代行するのだ。国家が労使協調を指導し、福祉国家・社会国家を作っていく。とくにドイツの体制は、レーニンや戦中日本のモデルになった(当然ナチスドイツの戦時体制に継承される)。戦費の増大を賄うのは増税国債発行か。国債を発行しても国外では売れず、国内の金融機関や貴族、資本家などが購入した。国内資産が移動して格差が縮まったが、戦後には貴族階級の没落となった(世界恐慌中産階級が没落して、ファシズムが広がったが、それは林健太郎の同書の主題)。
 もう一つの重要な転機はアメリカの参戦。英仏米が共同で作戦を組むようになる。アメリカ軍が参加することで、連合国の士気が上がり、同盟国の疎外感が強まった。とはいえ局面を打開するにはいたらない。アメリカで新型インフルエンザがはやり、渡航する兵士とともにヨーロッパに持ち込まれる。最初に駐留したスペインで蔓延し、各国に広まったことから「スペイン風邪」と名付けられたが、実際はアメリカから持ち込まれたものだった。この被害も大きく一時期は戦病死よりもスペイン風邪の死者が多くなったことがある。
 戦争終結によって、ヨーロッパの体制が変わる。列強のバランスから対等な国家の国際関係になり(民族国家の独立が拍車をかける)、帝国から国民国家になり、国民が政治参加するようになり(戦後に参政権が拡大する)、福祉国家・社会国家になる。これらの変化はワイマル憲法に結実する。
 一方、ヨーロッパの地位が相対的に低下。かわりに、アメリカ、アジアの地位が高まる。帝国を支えてきた貴族・ブルジョアの没落は自由主義を退潮に向かわせ、ナショナリズム社会主義の両極の対抗になる。戦争の体験は暴力に寛容な社会になり、排外主義・人種差別が広がる(アメリカでKKKが拡大するのも戦争後)。
 本書の記載を自分の関心時に引き付けてまとめるとこうなる。なるほど日本はどさくさまぎれの参戦で「最小のコストで最大の利益を上げた」といわれるのであるが、第一次世界大戦によって生じた変化をいっさい感じることがなく、帝国主義を強化する方向に政治をすすめたのか。専制をやめることになったドイツ、ロシア、ベルギー、オーストリアなどに学ばず、専制国家が統治していた東欧やバルカン諸国、イギリス植民地の民族自決を理解できなかった。その結果がこの後始めた15年戦争による敗北となる。