odd_hatchの読書ノート

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北島正元「日本の歴史18 幕藩制の苦悶」(中公文庫)-1

  1780年から1840年ころまで。時代小説、時代劇などはだいたいこの時代を扱う。これらのフィクションを通じて日本のいにしえのイメージが形成されている。町民の仲睦まじい清貧な暮らしに、庶民思いの大名や老中、利権をむさぼる悪代官に悪商人というもの。それは正しいか。

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 本書を読んでわかるのは、この数十年はまれにみる停滞の時代。すなわち、前世紀までの開拓事業は新地が無くなったために行われず、生産性が上がらなくなった(自然災害の頻発が強調されるが、それだけが生産性の低下ではない)。一方で、貨幣経済と商品経済が浸透し、ゆっくりとしたインフレが続く。米本位は幕府開闢以来の伝統であるので、米を収入と決済にする藩と武士は収入減になる。そこで藩は増税で収入増を図るが、農民は対応できない。直訴したり一揆をおこしたり逃散したりしても、封建体制は変わらない。
 この経済変化はゆっくりだったので、何が起きたのかをしっかり把握していない。それでも幕府による3度の「改革」が起きた。高校の日本史でつまづきになるところだが、共通するのは緊縮によるデフレ政策、貨幣統一や専売制などの経済統制、警察機能の強化による自由と民主化の弾圧。より大きな政府にして市場を統制しようというもの。でも、もともとの生産能力は上がらず、鎖国のために市場は小さく、労働力が過剰(農村から都市に人口流入)のために、これらの政策はうまくいくはずもない。インフレはとまらず、下層武士と貧困層はますます収入源、統治の末端ではわいろの横行など、社会の不正と腐敗は続くのであった。
(なので、江戸末期の60年はバブル崩壊後の平成に重なるところが多いのであった。この時代は結局下層武士によるクーデターで政権が倒れるのであるが、平成の後もそうなるのかと慄然とする。)
 事情はここの藩でも同じ。たいていは上と同じ政策がとられた。注目するのは、節約・倹約、勤勉などの道徳政策といっしょに行われたこと。二宮尊徳の報徳社のような民間でも同じ経済に道徳を持ち込むことが行われる。あとは地域の特性を生かした特産品の製造販売。これも藩の専売にした(それで藩財政を改善した例はあるのか)。政府や自治体の起こした事業はたいていうまくいかないのだが、これらは現在の自治体の「地域おこし」で行われることと同じ。というか、過去の事例を繰り返しているだけなんだよなあ。
 そうすると、同時代のヨーロッパで進行していた資本主義化はなぜこの国で起きなかったのかという疑問が生まれる。そうすると、ヒックス「経済史の理論」が参考になる。照らし合わせると、この国には投資をする金融資本も受け付ける生産資本もなかったし、過剰な労働力があるので効率を上げるための技術革新の要求がなかったし、複数の貨幣が乱立して貨幣経済ができていなかったし、民間のビジネスを後押しする官僚機構もなかったし、云々。個の自立と自由を認める平等や公正の概念もなかったし、経済と道徳をごっちゃにしてビジネスや政府の経済政策を考える経済学もなかったし、云々。加えれば、武士という非生産階級が多数いて、大きな政府を構成し、税収をそこで食いつぶしていたこともあると思う。ヨーロッパの騎士の階級は中世終りにはなくなっていて、土地を所有する有産階級に転化していた。
(そうすると明治維新は、武士階級をなくして、ごく一部を貴族や官僚にする一方で、大多数を労働者や商人に変えるという「革命」を行ったのだともいえる。そのときにでてきた下層武士の「反革命」分子を殲滅したのが西南の役などの内戦だった。)
(ときに、江戸時代に資本主義があったという説がでてくるが、株式会社とか複式簿記とかが単体であっただけで、個別事例を拡大しただけのトンデモ)

 

  

 

2021/04/08 北島正元「日本の歴史18 幕藩制の苦悶」(中公文庫)-2 に続く