odd_hatchの読書ノート

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直木孝次郎「日本の歴史02 古代国家の成立」(中公文庫) 記紀や魏志倭人伝だけでは古代の様子はわからない

 対象にしているのは、7-8世紀。天皇家を頂点におく制度はできていて、大和朝廷の権力は東国(今の関東)から朝鮮半島にまで及び、仏教や鉄製農具はすでに伝わっていたがアーリーアダプターだけのもので、地方に行けば数世紀前とほぼ同じ。奈良盆地とその周辺では、皇族と有力豪族が権勢を競い合い、渡来人の文化に影響されていた。できごとは聖徳太子の存在、大化の改新蝦夷征伐と百済救済、壬申の乱など。高校の日本史ではまずこのあたりの煩瑣な記述でつまづく。自分はいまでもよくわからない。そのわからなさは、初老になってこの啓蒙書を読んでも変わらない。


 8世紀の初頭に歴史書日本書紀古事記)が書かれたが、すでに数十年前のできごとになっているうえ、6-7世紀の内紛や内乱で系図はめちゃくちゃになり、記述当時の政権担当者を正当化するためにテキストには色がついたり消されたりもあるだろう。なにしろ同時代の記述はきわめてまれで、奈良盆地周辺を除くとテキストがほとんどない。豪族の、それも有力者にフォーカスした記述は下級官吏や地方豪族、庶民のことにはまずふれない。考古学的な発見と記述を付け合わすのも大変。そういう時代だ。(だからこそ創作者はこの時代で想像力をはばたかせたのだろう。山岸涼子日出処の天子」とか梅原猛「隠された十字架」「水底の歌」など)
 さて、そのわからなさをメモしておくか。

天皇という制度。上にあげたこの時代の重大事件は天皇という制度で、天皇を補佐する者たちの権勢争いとして表れる。外敵があれば共同してことにあたることもあれば、サボタージュして相手の失敗を待つこともあり、権力の空白があれば家族親戚郎党一族を巻き込んでの征討を始める。そのときに、「天皇」自身はほぼ何もしていないように見える。命令をだすわけでもなく、ステートメントを発するのでもなく、軍を率いるわけでもなく。その座は権力の焦点であるにもかかわらず、その座にいるものは真空になる。そして補佐する者たちはその座の前で権威に服する。武力で圧倒できる力を持っているもの(蘇我蝦夷など)がいても、それを行使することがない。この不思議。なにもしないのに、東国から朝鮮半島までを政治的に治める力をもっているのはなぜ? それにその座にあるものが真空なのに乗じて、補佐する者たちは徒党を組んでやりたいほうだい。それはその座にあるものからは罰せられない。権力の空白のあと、その座を奪取したものはそれまでやりたい放題だったのに、座につくと権力の真空になって不在の王になってしまう。その不思議。(なので、この時代の後の天皇で権力を行使しようとしたわずかな人、天智・天武・桓武・後醍醐など、は異様な存在とみなされる。)

・この時代に天皇が呪術的宗教的な存在から制度的政治的な存在に変わる。転換点は大化の改新。そこで専制的中央集権化と周辺への権力の拡大が起こる。にしても、東国や朝鮮半島のような遠方にまで権威が浸透しているのはなぜかしら。これがあと400年もすると、天皇の権威は畿内から見た遠方から失われて、政治的な力が弱まるのに(それでも呪術的宗教的権威は消滅せず、存続できたことも。このころから政治的権力と宗教的権威が別物というシステムになっていたのかしら)。

天皇とその補佐するものとでの政争であったわけだが、当時の人口や生産力からすると、都にいて政争に関与できる人間の数は高が知れていたのではないか。せいぜい数百人、多く見積もっても千数百人。そういう狭い閉じた社会で上記のような政争や内乱が起きた。まあなんて狭い世界の抗争だったのか。一方、そういう狭い少人数の社会だったから、だれが何を語り何を遊びどういう趣味かを皆が知っているわけで、そこにおいて和歌のやり取りという濃密で抽象的な文化ができ、洗練・退廃していったわけだ(文化の担い手の少人数に所属していない柿本人麻呂などは、作歌の技術は褒められても、まともな扱いを受けないという差別もあったわけだが)。この文化共同体は13世紀まで続く(堀田善衛「定家明月記私抄 正続」参照)。

・庶民の生活がさっぱりわからない。本にも記述なし。どうやら前の世紀ころに鉄農具が輸入されて生産革命が起きたらしい(そうすると村の仕組みもかわりそうなものだが)。養蚕は始まっていたようだが、木綿はまだ入っていない。建築も古い様式と仏教式の新様式が混在。次の世紀には文化的な大変化が起きている(たとえば名前の付け方、服の様式、庶民の住まいなど)と思うが、そこらへんの記述はない。どうなっていたのかねえ。

朝鮮半島との関係がこのころに変わる。前世紀から半島の南部を支配・占領していて、朝貢をうけていたよう。それは中国の大陸が政治的に不安定(漢の滅亡から隋の統一までの諸国乱立の時代)だったため。中国の力が及ばなかったので、半島の独立や大和朝廷の支配ができた。隋が統一すると巨大な帝国のちからが半島におよび、ひとつに統一される。そうなると朝廷は手出しできない。かわりに百済任那の貴族他がたくさん倭国に亡命してくる。彼らが中国の文化や制度をこの国に持ち込み、文化的政治的に重要な役割を担い、中国と倭国の外交にも関係した(遣隋使の通訳になったり、隋の使節の接待にあたったり)。どこで読んだか忘れたが、この時代の飛鳥や藤原の都では人口の三分の一だったか半分がそういう亡命者や帰化人であった。となると、当時の都では複数の言語と複数の文化が併存するというこの国の歴史では極めて珍しい時代だった。

 

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