odd_hatchの読書ノート

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井上光貞「日本の歴史01 神話から歴史へ」(中公文庫) 列島は人が住むようになってからずっとグローバルだった

 さて日本の歴史を勉強しよう。テキストに選んだのは、中央公論社の「日本の歴史」シリーズ。1960年代に当時の碩学や若手を動員して作られた。歴史学は戦前に政府や国家などの介入を受けて、学問として展開できなかった。その壁が取り払われて、資料や事物にあたって確からしいことを積み上げていこうという方法に変わった。そういう新しいやり方で行こうとする学徒たちの清新で誠実な息吹をどの巻でもかんじることができる。高校教科書ではものたりないときに、まずあたるべき通史であると思う。一巻あたり500ページ、全26巻を読み通すことはなかなか困難ではあるが、挑戦する甲斐はあるものだ。



 とはいえ、すでに書かれて50年。あらたな資料が見つかり、方法も刷新されたとなると、一部の記述は廃棄するところもあるだろう。とりわけ、テキストに乏しく、考古学資料も少ない7世紀以前の歴史は大きく書き換えらているはず。なので、この第一巻は別の本がふさわしいのだろうが、どれがよいのか見当とつけることもできないので、とりあえずこの本を読む。自分はこの時代に詳しくないので、この50年の成果や通説にはふれない。
 さて。

・日本列島に人類が来たのは、戦前に想定されていたよりもずっと前で、優れた技術をもっていた。石器、土器、農耕などの技術も昔にさかのぼれるらしい。水が豊富で飲料に適し、照葉樹林がおおって木の実が春から秋まで途切れず収穫でき、野生の中型動物が多く生息し、危険な動植物が少ないというのが人類が定着した理由なのだろう。

弥生時代は紀元前300年から紀元後300年ころまで。これを中国史に当てはめると秦の始まりの前から漢のあとの三国志演義が扱っているころまで。中国では、大規模農業、シルクロードの大陸間貿易、巨大中央集権国家、漢字による文化統一などがあった。それと対比すると、この国は遅れていた。おそらく朝鮮半島よりも遅れていた(まあ、朝貢を送っていたのは「倭」も朝鮮もおなじだったが、陸続きの朝鮮は直接支配、遠島の「倭」は放置という中国の政策によるのだろうが)。

・紀元200年ころにはこの列島には「国」があった。邪馬台国というもの。人口数千で首長が統治する呪術的な部族国家。他にも多数の「国」があった。

・それが紀元500年ころには列島(西半分)を統治する部族連合国家ができる。記紀にあるような東征はたぶんないし、倭建命のような英雄もたぶん実在しない。そこに至る過程が謎。「天皇家」(このころからすでに姓を持たない)が権力を持ったのも謎。一度権力をもった天皇家を他の豪族や氏族が打倒しないのも謎。さらにこの天皇の権力が九州から関東まで、そのうえ南朝鮮まで及んだのも謎。たとえば銅鐸や銅剣の文化圏が広範に広がり、弥生時代の頃には中国・朝鮮との交通ルートが開けていた。そのルートに沿っての権力波及と考えればよいのか。

・6世紀にこの権力は中央集権国家に変貌する。おそらく朝鮮から来た渡来人の影響が大きい(当時朝鮮半島は動乱の時代)。彼らは文化を持ち(漢字を読み書きでき、複数の言語をしゃべることができ、中国との交渉にあたる)、技術を持ち(農業、養蚕、製鉄など)、法や官僚制をつくることができる。遅れた日本に最先端の中国を丸ごと移殖できたわけだろう。彼らは重宝され、渡来人の作る豪族が倭の豪族と権力抗争に入る。中央集権を強めた権力は、そのあと南朝鮮の飛び地をうしなったり、北九州の豪族の叛乱(磐井の乱)を鎮圧するなど、権力の危機を乗り越えることによって、古代の統一国家ができる。

・6世紀末の古代統一国家の特長はグローバル化。それ以前の権力がうちには一国主義で、外には侵略か(任那日本府とか)朝貢であった(対中国)。そこから外には対等に、内には中国の制度を取り込むに変える。この国の歴史では珍しい施策。でも、200年で終わって、再び一国主義や鎖国になるのだが。グローバル化を制度化しようとする運動は時々起こるが、たいていは一国主義や鎖国の方が勢力が強くて、つぶされる。

・そのような政策をとれたのは、東アジアに激動が起きていたから。漢の古代帝国が解体した後、覇権争いが続くわ、辺境部族が国家を樹立して対抗するわ、と情勢は混とんとしていた。そういう時期で大陸の権力が安定していないから、南朝鮮に侵略したり、半島からたくさん渡来するなど、人の移動が活発に行われるようになった。

・なので、この国の歴史を見るとき、列島の中のできごとだけみていると誤ることになりそう。海外や移民・渡来人などのことを見る必要がある。

 

(この時代の同時代の記録はほとんど残っていない。木簡があってもこの国の風土では地中で腐食してしまうし、金属製品も錆びだらけ。そうすると記紀(およびその参照に使われて失われた帝紀旧辞)の記述をみることになるが、これは8世紀になってから編纂されたもので、神話と事実の境があいまい。とくにこの時代のころまでの記述は後世に書き加えられたもの(本書でもテキストクリティークが行われている)。なので、記述をそのまま信用してはならない。原理主義のような読み方をすると、「皇紀」のような実証に乏しい説を実態あるものとして扱うような過ちを犯す。
 また、この時代は謎が多いために、アマチュアやトンデモさんがさまざまな妄想を展開している。たとえば、縄文人弥生人の抗争とか、金印は偽物であるとか、邪馬台国の所在地はどこかとか、記紀の記述が事実に即しているとか、天皇家は朝鮮から来た騎馬民族であるとか、記紀以前の古代文字が古代史を記述しているとか。すでに100年以上流布しているトンデモ歴史学がある。そういうのは排除。閑な人が手を出して良い分野ではないよ。)

 

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