odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-3


 島原の乱がおきた1638年というと、三代目の家光の体調が思わしくないころで、関が原から約40年、大阪城落城から約20年がたっている。その間に徳川幕府が行ったのは、全国の集権国家化。地方大名の権限や権力を大幅に奪い、裁量を許さず、中央(江戸)の判断を最優先にしたこと。そして文書主義を徹底したこと。その詳細は、辻達也「日本の歴史13 江戸開府」(中公文庫)に見ることができる。
 本書でわかるのは、この20年の間に大名の廃絶や移動を進めたので、藩の視線は中央(江戸)に向かっていて、隣の藩とはいがみあう。ここでも原城に百姓たちが立てこもった知らせを受けても、共同作戦はとれず、さきがけをした藩の攻撃が失敗するのを冷ややかに見つめる。それが変わるのは、江戸から老中が到着してから。そこにおいて九州諸藩は江戸の権力を背後に意識しながら、目前の一揆に対抗することになる。命令は常に文書にされ、復命も報告も文書で提出しなければならない。現場の抜け駆けは許されず、諸藩の武士も食い詰めた浪人もいくさのルールが変わったことにうろたえる。
 権力の在り方が変わったのは武士同士だけではない。本書の指摘でわかったのだが、16世紀から17世紀にかけて、日本では世俗権力が聖権力を潰してきた。信長延暦寺比叡山などの焼き討ちをして僧侶を殺戮りしたし、さまざまな場所の一向一揆を潰し、山城の国の自治も壊滅させた。それらの宗教組織が商業そのたの世俗権力を持っていたことや武士権力に対抗する自治組織を持っていたからに他ならない。そのうして宗教集団が武士権力に対抗できないようにする。仏道の宗教をつぶした後に残ったのはキリスト教であって、それが幕府の権力の届きにくい九州であり植民地であったから、幕府の弾圧はより過酷になった。
 いっぽうこれを庶民・農民の側からすると、抵抗権を奪われることだ。中世には各所で一揆がおきて悪政を変える運動が起きた。その際に、庶民・農民らは武器を持って立ち上がった(本書の登場人物が語ることを要約すれば、一揆は百姓が自分で自分のことを相談して決めて行うこと。その正しいありかたは山城の国のような自治組織を作ることである。一揆は通常暴動や騒擾行為とされるが、これは権力者側の見方。庶民・農民からすると共和主義に近しい運動なのである)。それが宗教弾圧などと合わせて、庶民・農民から武器を奪う。抵抗権と実行する後ろ盾をなくす。原城の立てこもりでも、農民が持参したのは農具であり、鉄砲火薬などは武士や猟師などが持ち込んだ。最初から、人数、いくさの練度、武器などに圧倒的な差異があった。中世の最後の大規模一揆は当初から敗北が確定したのであるが、この経験は列島に住む人々に深い影響を与えた。権力に抵抗することの忌避であり、武器に対する嫌悪(しかしエンタメやフィクションでは大好き)。
(そこからの発展で著者はスイスの永世中立を考える。どこにも所属しない国家は、市民が自分で国家を守ることだが、その際市民に武器が渡される。その武器が権力に向けられない保証はないとき、国家は市民に対してどのような政治をするか、と。自分がさらに妄想すると、丸腰の素肌の抵抗となると、ガンジーの非暴力無抵抗であり、アメリカ黒人の公民権運動がある。どのように権力に抵抗するかを考える際に、歴史を知ることは重要。)
 

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2022/10/04 堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-4 1961年に続く