odd_hatchの読書ノート

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與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)-1

  最初に近世にはいったのはヨーロッパではなくて(まずそこで驚きになる)、イスラムであるが続いて宋時代の中国が近世を迎えた。ここで「な、なんだって」と絶叫したくなるが、それにとどまらない。いち早く近世にはいった中国は「中国化」していき、近隣地域も「中国化」していった。これが本書による歴史のみかた。

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 ここで「中国化」は、中国による政治システムや言語・文化などの同化主義ではない。まあ、一般的には中国化cinalizationは同化の意味あいと帯びているが、著者のいう「中国化」の概念は違う。すなわち、中国化は、経済や社会においては自由主義であり(なので居住や移動や職業選択などの自由がある)、政治は一極支配。身分制や世襲制は撤廃され、科挙によって優秀な人材を一代限りで登用するしくみにする。そこでは村のような地縁の協力体制をとるより、個人的なネットワークが優先(直系男子のみが家督を継ぐので、養子をとって家を継続する考えはない)。そういう社会のシステムをとること。これは21世紀のグローバル化新自由主義の主張に近いという。
 もうすこし内実を見ると、1.権力と権威の一致、2.政治と道徳の一体化、3.地位の一貫性の上昇、3.市場ベースの秩序の流動化、5.人間関係のネットワーク化、と特長をあげることができる。宋が貴族制度を廃止して皇帝独裁政治を始めたことで「歴史の終わり」を迎え、中国化された変化のない社会になった。宋のあとなんどか国は変わったが、中国化の内実は変わっていない。
 さて、日本は中国の近隣であって、本来は中国化するはずであったが、それを拒む層や階級によって、全く逆の社会が構築されてきた。宋のできたころの平安末期から応仁の乱までは中国化の可能性のあった時代で、それ以降は「中国化」と真逆の社会をつくってきた。うえの内実の5つがさかさまになった社会。それが完成系になったのが江戸時代なので、著者は「江戸時代化」と名付ける。この国の直近1000年の歴史は、江戸時代化を進める過程であって、ときおり中国化を目指す運動があったが敗北してきたとみなせる。ある時代には「江戸時代化」は成長モデルになる(江戸時代初期や20世紀後半の高度経済成長時代など)。ただし、それが成長可能であったのは、世界的な運動で条件が一致したときだけで、国内の条件だけで達成されたわけではない。
 こういう見取り図がとても新鮮。ただしすべてが著者の創見というわけではなく、さまざまな研究者の知見をまとめ、この1000年の歴史を書き方を変えるという編集の業が見事なのだ。本書の「中国化」とそれに抗する「江戸時代化」という概念でひとつの図に配置できた。まずそのことが読む楽しみになった。元寇後醍醐天皇織田信長明治維新15年戦争などの評価が著者によって転倒していくのはとても快感。いままではそれらはきわめて短期的で、国内の事象だけで考えていたのだが、それは歴史の見方では不十分なのを知ったのも重要。
 さて、明治維新から現代までは、「江戸時代化」が社会でも政治でも外交でも適応できなくなっていく過程とみることができる。というか明治維新は当初は中国化をめざす政治であったが、憲法制定のころから江戸時代化のバックラッシュが起こり、以後はそれが継続していった。15年戦争で中国に敗北したものの、国内の江戸時代化は継続される。しかし、1973年、1979年、2011年の経験を経ることで、江戸時代化のシステムは有効性を失う。そして経済の自由化と政治の専制化という「中国化」は避けられないだろうというのがこの先の見込み。ただ、「中国化」にないのは、ヨーロッパの法治・人権の尊重・議会制民主主義。それを嫌って江戸時代化のバックラッシュした先には、北朝鮮のような貧困の平等が待っているということになる。
 ではどうするか。中国化の重要な特徴は「政治と道徳の一体化」であるが、現代の中国にはアメリカやヨーロッパその他を納得させるような普遍的な理念がない。中国が行うことを支える道徳や正義がない。なので、日本は社会や政治のシステムを中国化するのと併せて、日本国憲法を世界的な普遍理念にすることを行うことを著者は提案する。「中国化」は過去の日本のあり方と異なるので適応するのがすごく困難であって、著者の見通しには暗くなってしまうのだが、普遍理念を日本が掲げることには(たぶん唯一の)希望を持つ。

 

 

2021/04/12 與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)-2 2010年 に続く