odd_hatchの読書ノート

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薮内清「中国の科学文明」(岩波新書)

 吉田光邦「日本科学史」(講談社学術文庫)でもいったように、厳密に言えば、「科学」の方法と思想はヨーロッパ由来のもの。なので、中国の科学史は19世紀半ばの洋務運動あたりから始まるといえるかも。いや、むしろ1949年の人民共和国建国以降にしてもよいかもしれない。この国どうように、中国でも「科学」は西洋から取り入れたものであるというべき。
 でも、どうにか過去のできごとに「科学」に近いものを見いだそうとして、「中国の科学文明」を描こうとする。そうすると、四大文明の発祥地のひとつである中国大陸では、先史時代から痕跡を発見することができ、時代によっては科学の発祥地であるヨーロッパのみならず、肥沃三角地帯やアラビアの文明より進んでいたものもありそうだ。もともと青銅器の利用では他の文明より先行し、鉄器の鋳造技術や手工業の分業化も早かった。その後は天文学と数学の発展が目立ち、火薬・製紙・羅針盤のような他文明に大きな影響を与えた発明もなされている。
 そのような華やかさはせいぜい宋の時代まで。そのあとの元以降になると、とたんに発明、発見はなくなり、他文明に影響を及ぼすことなく、影響を受けることのない時代がすぎ、時に伝統への復古となることもある。そして19世紀半ばのアヘン戦争からあと、ヨーロッパ(および尻馬にのった日本)の侵略でさらに停滞を余儀なくされる。

 なぜ、中国に科学が生まれなかったかを著者は、地形上外部からの侵略を受けにくく、異民族との交渉がなかったことに求めている。それは重要な点であると思うが、この本の記述から見えてくるのはほかにもあって、1.強い中華思想: 他民族の文化を蔑視する考え方、2.神秘思想: 陰陽五行説道教などの流行、儒教は思考や論理の徹底性を求めない、3.強い官僚制と科挙制度: 文化の担い手の固定化と伝統順守、4.自由競争不在: 資本主義の未発達、市場競争の不十分さ、5.技術の停滞: 科学と技術の担い手の交流がほとんどない、あたりを思いつく。素人考えなので、あまり真に受けないように。ともあれ、宋の時代にいちはやく近世に到達したというのに、そのあとのダッチロールがなんともやりきれない。
 さてこの本は1970年に出版。時代の制約がこの本にもあって、先史時代の記述は古い情報。たぶん今は全面的な見直しが必要。シルクロードほかの陸路交通による影響の伝播を過小評価ぎみ。この本では天文学や数学はインドやアラビアの影響を受けずに独自発展したといっているが、どうでしょうか。ジャレド・ダイアモンド「鉄・病原菌・銃」(草思社文庫)では特に中国には触れていないので、自分が間違っているかもしれないが。さらに、執筆当時、中国は文化大革命の進行中。そこでは西洋文明の拒否、伝統の再解釈(孔子の否定など)があった。中国は西洋とか近代との付き合いが極端な振れ幅になるのだなあと、当時思った(そういう言葉を使えなかったけど)。書かれて半世紀近くたっているので、資料的な価値として読むしかなさそう。
 21世紀になってからの中国は科学技術に積極的に投資している。その表れが有人人工衛星の打ち上げであったわけで、いずれ科学技術の推進役になるのではないかな(すでに自然科学の年間論文数は日本より多い)。