odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

網野善彦「日本社会の歴史 下」(岩波新書) 貨幣経済は米本位制の封建社会を窮迫させる。諸藩の改革は重商主義やグローバル化だったが、明治政府のネトウヨ政権はそれをつぶす

2023/07/06 網野善彦「日本社会の歴史 中」(岩波新書) 中世の日本。西の大和朝廷は中国化・グローバル化を目指し、東の武士政権は江戸時代化・鎖国化を目指す。 1997年の続き

 

 日本は「一つの国家、一民族」というのは幻想であり、誤りであって、複数の王権が併存していた。なかでも西国の王権と東国の王権が大きく、相互に牽制とつながりと競争があった。地方の独立した豪族、守護などは小国家であると見たほうがよい。なので、ヨーロッパの中世のようなKing of Kingsという体制があったとみるのは面白い。日本の王の中の王は地方行脚をしなかったのでみえにくいのではあるが。さらに町人・商人・村民はひとつの仕事を生業としていたのではなく、さまざまな事業を多角経営していた。村や自治組織に縛られず、河川や海を使って年中交通・交易していた(それが「百姓」)。日本人は土地や権力に縛られず、朝鮮・中国、ときにアジア全域にでかけ、流通のネットワークを作っていた(江戸時代でも一部は残る)。こういう活動的・行動的で移動を頻繁に行う日本人像は魅力的。

第9章 動乱の時代と列島社会の転換 ・・・ 14世紀。後醍醐天皇バックラッシュ。貴族官人による官僚制を目指したらしいが、武士階級によって総すかん。足利尊氏らの保守クーデターにあって、京都から吉野に逃れ、二つの王権が成立し、動乱が数十年続く。中央の権威が失墜したので、地方の分権が進む(たぶんそのなかで守護が勢力を伸ばし、自立した大名(たいめい)になっていく)。後半になって足利義満専制政治をしく。明との貿易を独占する重商主義政策(その際に禅僧が交易・通訳・文書作成管理・経営で手腕を発揮)。明だけでなくアジア全域との交易が進む。
(太守や郡司の管理する荘園が自治的な村に編成されていく。一方で、定住民は浮遊民や流浪民を穢れたものとみるようになり、博徒や遊女などを差別するようになる。)

第10章 地域小国家の分立と抗争 ・・・ 15世紀。西国の室町公方と東国の鎌倉公方の二つの王権が併存する状態。1442年鎌倉消失、1467-77年応仁の乱で両方の統治能力が低下。各地の守護が小国家に分権化。村や都市、宗教集団などの自治組織の抵抗にあったり、取り込んだり、弾圧したり。このころには「倭寇」といわれる商人・廻船人・海の領主などのネットワークができて、民間交易を推進。東アジアを領域にするネットワークになって、国際交易をおこない、国内の流通を担っていた。木綿、たばこ、大鋸(おが)が輸入され、社会的分業が進み、信用経済も発達。西国は銀本位制(悪銭が増えたことで米本位制になる)、東国は金本位制と国の違いが目立つ。しかし流通ネットワークで東アジアを横断する経済体制になっていた。ヨーロッパは大航海時代。日本と接触があり、日本人もアジアに出かけて行った。
杉山博「日本の歴史11 戦国大名」(中公文庫)などを読むと、混乱と戦乱の無秩序な社会に見えるが、本書ではむしろ日本が生き生きとした流動的で革新的な時代と見える。村や都市の自治組織が力を持ち、大名の小国家の連合幕府ができ、アジアやヨーロッパに開かれた社会になる可能性があった。そう思うとわくわくする。日本に自由と共和が根付いた可能性がありえた。でも東国の無教養で粗暴な武士集団は「江戸時代化」と鎖国を選んでその可能性をつぶした。そうならない日本史があったかと思うと残念。)

第11章 再統一された日本国と琉球王国アイヌ社会 ・・・ 16世紀。後半から再統一の動き。各地の大名が動く中、織田信長豊臣秀吉徳川家康が全国の統治権を獲得する。ここの動きはよく知られているから(大河ドラマで何度も繰り返されるから)、まとめない。あらためて彼らの政策をみると、天皇の権威のもとに全国の統治権を掌握、古代の制度(名称のみにしろ)の復古、「神国」観の強制、アジア支配への目論見(頓挫すると鎖国)、キリスト教(など西洋思想)の嫌悪、農本主義儒教思想の徹底、差別の固定化などの特徴がある。なるほど、彼らはこの国に最初に現れたネトウヨだ。で、鎖国の300年弱で、箱庭思想とサブカル愛好になり、制度がダメになると、再び田舎のネトウヨによるバックラッシュ明治維新になり、現在にいたる・・・。なんとも情けない歴史だ。
(というわけで著者が17世紀以降の「日本社会の歴史」を書かなかった理由はよくわかる。やっていられん、てことだ。)

第12章 展望―十七世紀後半から現代へ ・・・ いわゆる江戸時代でメモしておきたいのは、貨幣経済・信用経済の発達で武家は窮乏した(そりゃ永年変わらない米の支給ではインフレに対応できない)が、政権がやったのは農本主義儒教思想に基づく緊縮政策と商人・町人締め付け。当然失敗続き(田沼の重商主義はすぐに足を引っ張られる)。諸藩の改革は重商主義グローバル化だったが、明治政府のネトウヨ政権はそれをつぶす。明治政府は誤った「日本国」「日本人」像(神国、一国一民族、万世一系、孤立した島国、海洋防衛、農本主義、農業以外の生業を副業・兼業としかみないなど)を押し付けた。それがアジア侵略とマイノリティ差別の理由になった。この誤った日本観はいまだ(初出1997年だが、21世紀の20年代でも同じ)に続いてる。

 

 日本の中世は、人材と物流の交流・流通ネットワークの拠点になり、自由と自治で統治する可能性があった。それが16世紀の再統一で潰え、ネトウヨ的な狂信主義と農本主義の閉塞社会を作ってしまった。同時代のヨーロッパが、資本主義と自治を実現し、紆余曲折があったたとはいえ基本的人権を確立したのとなんという違い。
 ネトウヨ的な社会を変えるのは、こりゃ大変だな。あきらめたりやめたりするわけにはいかないが、道は遠い。

網野善彦「日本中世の民衆像」(岩波新書)→ https://amzn.to/48tBSfw
網野善彦「日本の歴史をよみなおす」(ちくま学芸文庫)→ https://amzn.to/3uLwMxq
網野善彦「日本社会の歴史 上」(岩波新書) → https://amzn.to/3wBWfJW
網野善彦「日本社会の歴史 中」(岩波新書) → https://amzn.to/49MSI9Z
網野善彦「日本社会の歴史 下」(岩波新書) → https://amzn.to/48uQPOa