odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

吉行あぐり「梅桃(ゆすらうめ)が実るとき」(文園社)

 昭和の時代は平均寿命が70代の前半で、それぐらいの年齢になるとたいていは隠居や蟄居になっていた。その時代に78歳で美容院を経営し、現役の美容師として仕事をしているのはとても珍しかった。そこで、編集者は自伝を書くことを持ち掛けた。息子や娘に作家と俳優がいたので、書けない時の身近な相談相手になるとも考えたのだと思う。でも、女性は一人で書き上げた。1985年初出。
 明治40年生まれというから1907年生まれ。同年生まれには湯川秀樹井上靖がいるということだが、クラオタの自分にとってはカラヤン朝比奈隆と同世代ということで時代感覚がわかる。地方の弁護士の生まれ。でも15歳で父が死に、吉行家に行くことになる。実はエイスケ(17歳)との結婚であるが、そのことは知らされない。エイスケは全く家によらず、東京で何かをしている。ときに帰ることもあるが、生活らしきものはない。でも子供ができたので、吉行家に置いて東京にでる。することがないとき、山野千枝子の美容学校を知り、内弟子になる。修行5年で独立する。市ヶ谷に美容院を立て、作家から株屋に転業したエイスケも家に居つくようになる。そこにエイスケ35歳の死。同居する姑の長患いの末の死。空襲の始まり、子供らの疎開などが起きる。1945.3.10の空襲で家を失い、甲府疎開。戦後は山野の呼びかけで東京に戻り、美容院を再開。記述はそこまで。そのあとの40年間のできごとは空白。子持ちの男性との再婚。独立独歩の子供たちとの近くて遠い関係(惇之介、和子、理恵はそれぞれ家庭で暮らせるような行動性向の持ち主ではなかった)。高齢においても現役の美容師であることに誇りを持ち、家族や町に依存するような気持はない。
 彼女の人生は20世紀の日本人の典型を示すものではなさそうだ。たいていはもっと家族の関係に悩まされ、過重な仕事にあえいでいたのではと思う(昭和の時代のNHK朝の連続テレビ小説はそういう女性を描いたものだった)。そうならないのは彼女の行動性向が他人との関係に重きを置かない個人主義であることと、嫁ぎ先がはやくにエイスケをあきらめ好きにさせ、その影響で彼女も若い時から家を離れることができた。当時としては珍しい核家族を作れた(と書いた直後に思い出したが、当時のサラリーマンはたいてい核家族だった。ただサラリーマン人口はきわめて少ない)。くわえて、新しもの好きで好奇心旺盛。1920年代はモボ・モガの時代であったとはいえ、いち早く洋髪の技術を得るという先見の明(NHKのドラマ「おしん」も同じ時代に洋髪の修行をする)。それが女性ができる数少ない自立・自営の技になった。戦前女性の経済的自立の話として珍重。なのでNHKも1997年に連続テレビ小説にしたのだろう。
(60歳を過ぎると、新規顧客は来ない・常連さんだけを相手にする商売になると述懐する。高齢者が起業するときに落ち込みやすいところなので、注意すべし。高齢者に片足を突っ込んでいる年齢になると切実。)

 

 とはいえ、彼女の思い出には社会のできごとが全く現れないという欠点がある。226事件(惇之介の受験日だったそうな)や戦争がでてきても、自分に起きたことしか書かない。敗戦後の貧困もほとんどスルーされる。現在を書いても老後の不安はない(まあ1980年代は社会保障やセイフティネットが問題にされることはほとんどない好況期で、人口構成も釣り鐘型で若い人は多かったし)。徹頭徹尾、自分のことだけ。エイスケという夫にも、子供たちにも冷淡にみえるほど客観的な見方をする。ここは同時代のアナイス・ニンリリアン・ヘルマンらとは違うんだよなあ。

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