odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」(創元推理文庫)

 フランスに本格探偵小説好きがいたと思いなせえ。第2次大戦中にドイツ軍の捕虜になったとき、退屈を紛らわすためにミステリーを考え、書いていた。秘密裏に原稿を収容所から出しておく。収容所脱走後はレジスタンスになったが、戦後原稿をもとにして3つのミステリーを出版した。あいにく、当時、犯人あてや謎ときの小説は流行っていなかった。売れなかったので三作書いて筆を折り、1988年に死去するまで一切書かなかった。そしてこの「騙し絵」は第2作で、本邦初紹介(どうもこの一作のみ)。
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 253カラットの大ダイヤモンドがある。これを持っていた家も三代目には遺産を食いつぶしてすっからかんになっていた。ダイヤモンドは娘が21歳になった時に寄贈されることになる。娘はある発明家にぞっこんになり、婚約を発表。そこで娘の後見人の叔父は屋敷で盛大な誕生会を行い、ダイヤモンドを披露することにした(娘は新調のライトブルーのドレスを着る。かつて若い娘の色はブルーだった。映画「オズの魔法使い」のジュディ・ガーランドの衣装。赤やピンクになるのは1950年代のアメリカのマーケティング以降)。先月にも宝石を狙った強盗が銀行を襲ったので、保険会社は別個に監視役の探偵を送りこみ、パーティの間、宝石を監視することにした。屋敷は古いものだが、あまりに広かったので半分を新興宗教の教組に貸していた(境は分厚い壁で分けた)。理由なしに教組は引っ越すことになり、屋敷はパーティ出席者と引っ越し業者でごった返している。それでも安心を思えたのは、宝石は「鏡の間」という全面鏡張りで窓のない部屋に展示していたから。しかし、パーティが終了した後、展示台に収納した宝石鑑定人は驚きの声を上げる。これはニセモノだ。衆人環視の部屋からいったいどうやって宝石を盗み出したのか。
 必要以上にややこしい設定と状況を作る。そのうえ、捜査が始まると章ごとに事件が起きる。大きいのは、発明家が作った空間移送機(大き目なヨットの本体くらいのサイズ)がなくなり、誕生会の発案者の叔父が密室から行方不明になる。新興宗教の教組の引っ越し先はわからないが、後を追っていた発明家の召使いは荷物の搬入先らしい家で死体を発見するし、ホストの娘も誘拐されている。事件をじっくり吟味するものはいなくて、次々と関係者が失踪するので、その行方探しに探偵とその助手兼記録係は翻弄される。読書のスピードは速いのに、事件の構造がわからずに読者も翻弄される。おかげで、最終章の謎解きがなんと解放感あふれるものになるのか。
 なるほどミステリー愛好家がミステリーに入れ込んだ趣向ばかりの小説を書くとなると、和洋東西同じような作品になるのか。このけれんたっぷりの小説(1946年)から島田荘司の「占星術殺人事件」「斜め屋敷の犯罪」を思い出しましたよ。探偵に記録係、警部、元資産家、はすっぱな娘、ほかにも過剰なほどにたくさん出てくる登場人物が類型をなぞるうすっぺらなキャラクターであっても、なまじな心理描写も記録係の憶測も語られないものだから、ゲームに徹するにはいいですね。
(昭和10-20年代の日本の探偵小説家もこういう謎解きの小説を書いたものだ。でも木々高太郎や蒼井雄、浜尾四郎大下宇陀児岡田鯱彦等(読んだことがある人だけリストアップ)の書いたものはラントームのような読みやすさや爽快感をもたらさない。たぶん、本邦の作家は心理や自我を書かずにいられなかったからだと思う。)
 作家は自分の楽しみとして書いたのだろうが、次の文章だけが心に残る。

「夜を生きた者にとっては、明け方はいわば断末魔だ。どうして瀕死の人間が夜明けとともに戦いをあきらめ死の世界に流されているのか(略)、思い知らされた。(P220)」

たんなる深夜の待ち伏せの最中の述懐であるが、ほかの文章にない切実さを感じる。著者が捕虜収容所の経験を持っていたからと推測。期限がわからない収容は人間の希望を打ち砕く。そういう体験をしたひとり。
(とはいえ、ドイツの西側の捕虜収容所は赤十字の視察を受け入れたり、連合国の捕虜差し入れを囚人に配布したりするなどあって、捕虜の自由はまだあった。作者のように原稿を書けたし、メシアンのように作曲して演奏会も開けた。あるいは映画「第17捕虜収容所」「大脱走」のような試みもあった。それが東側になると、とたんに絶滅収容所になる。)