odd_hatchの読書ノート

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都筑道夫「魔海風雲録」(光文社文庫)

 1954年というと、仙花紙に印刷した粗悪な読み物雑誌の売れ行きが激減し、時代小説のニーズもなくなっていった時期だった(と作者はいう)。そこで初めて長編出版の話がでたときに、それまでの伝奇小説、時代小説、講談書下ろしなどの総決算としてこの長編を構想した。もとは1952年の同タイトルの中編。構想を練っているうちにどんどん筋が変わっていき、猿飛佐助が登場することだけが共通。当初は「魔海風雲録」ででたが、ときに「かがみ地獄(乱歩の短編のもじり)」となり、1980年代の復刊でもとにもどった。代わりに中編のタイトルが「変幻黄金鬼」(時代小説文庫)に変更された。この間の書誌はややこしい。
 関ヶ原の戦いが終えて、平安が訪れたかにみえたが、大阪の周囲は騒がしい。真田幸村と衝突した息子・幸綱は大助と名を変えて諸国漫遊の武者修行中。おりしも、山大名の卒塔婆弾正の娘・香織と紅面夜叉の結婚が進められていた。弾正は夜叉の財宝を狙っていた。婚礼の夜に別の山大名が夜叉の城を襲撃する。香織を愛する巨漢(ポルトガルの漂流者の息子)岩千代が香織を救おうとすると、邪魔が入り、香織は誘拐される。併せて、夜叉の秘宝である鏡も盗まれ、似た香織の鏡も狙われる。
 というわけで、主人公は鏡であり、これを奪還しようとするグループが現れる。ひとつは、さわやかな青年真田大助と猿飛佐助と穴山岩千代。ひとつは香織を救った三好清海望月六郎。鏡は香織のもとにあるが、途中悪漢に奪われ、奪還しては再度奪われるなどして、人の間を転々とする。その状況をグループは把握できず、とりあえずは身に降りかかる危機を自らの力のみで乗り越えねばならない。時に曙光がきらめいたとしても、それは霧隠才蔵が希望の芽を摘んでしまうのである。他がグループをつくってことにあたっているなか、孤独であり続ける霧隠才蔵の意気は強い(徒党を組んでいる子供や若者と、独立独歩の大人の違い)。
 そして香織と鏡は南の大海原を進む奴隷船に流れ着く。最新の武器であるピストオルや大筒を供えた巨船に和船は極めて不利。奴隷船は才蔵と組んで香織をかくまい、捕らえられた大助と岩千代は佐助の力を借りられずに謀反を計画する。清海と六郎を乗せた女海賊の海竜丸は間に合うか・・・
 とても面白かった。50ページごとに絶体絶命の危機が訪れ、それを乗り越えた先にはさらに大きな危機がある、という具合。途中で二度の山城攻めと脱出、処刑場からの奪還の山場があり、ダレ場の宿でも忍者や悪漢が忍び込んでは撃退するなど飽きさせない。一度ページを繰れば途中で止めることができない。若干25歳にして、ここまで手慣れたエンターテインメントを書き上げる筆力には感服。もちろん四半世紀あとの大作(「神変武甲伝奇」「神州魔法陣」「翔び去りしものの伝説」)に比べると、物足りなさもあるが、ここは文体と技術をものにした手練れの若者の誕生を寿ごう。

 

 しかしながら、時代小説、伝奇小説では糊口をしのぐことはできず(時代劇映画、伝奇映画は東京オリンピックまでは人気があったのだがねえ)、作家は化粧品会社の宣伝部、早川書房の編集者、海外小説の翻訳者となる。その数年間で蓄えた探偵小説の知識と技術が開花するのは、1961年の「やぶにらみの時計」から。雌伏の時代の開始。