odd_hatchの読書ノート

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岡本綺堂「妖術伝奇集」(学研M文庫)-1 「玉藻の前」「小坂部姫」は日本怪奇小説のレジェンド

 岡本綺堂の幻想・伝奇・怪異小説。ほかにも大量の長編、短編を書いているのみならず、翻訳をしたり、アンソロジーを編んだりと八面六臂の大活躍。1980年代にモダンホラーが上陸してから、あまり読まれなくなったようだが、21世紀になってたくさん本が出るようになった。

 

玉藻の前 1918 ・・・ 平安京の昔。千枝松という男の子と藻(みくず)をいう女の子が貧しいながらも、仲睦まじく暮らしていた。明日の約束もそろそろかわそうという千枝松15歳、藻14歳のある夜、藻は深夜姿を隠してしまう。必死に探す中、人の踏み入れない森の奥の古塚の前で、髑髏を手にして失神していた。それから藻は人が変わる。おりしも大納言・師道が「独り寝の別れ」を歌題に公募したところ、並み居る殿上人は容易に解けない。そこを藻は見事な歌を提出し、関白・忠道に取り入ることになった。そして弟・頼長と兄が不仲であることを見透かし、それぞれの家臣に近寄っては相討垂れるように仕向けるのである。一方、藻がいなくなり、隣の婆が不審死を遂げた後、京の都をさすらう千枝松は陰陽師・泰親に助けられ、修行に励むことになる。この泰親は安倍晴明の6代目の孫。代々の陰陽師として当時随一の力を持つものであった。藻、今はあまりの美貌により玉藻と呼ばれるようになったのであるが、天皇采女に取り立てられるよう忠道にすりよるも、頼長ほかは頑として首を振らない。その夏、60日の干天は京を焼いた。玉藻は雨乞いの儀を執り行うことにしたが、それは泰親の儀の最終日でもあり、そこで呪術合戦となる。泰親は失敗したあと、玉藻はみごとに雨を呼び寄せ、名声ゆるぎない。千枝松、いまは千枝太郎、儀のまえに玉藻の誘惑を受け、泰親に勘当させられる。烏帽子を売り歩く中、千枝太郎は玉藻が夜ごと古塚を訪れたり、野良犬の群れに囲まれて身をすくませるのを見る。それを知った泰親、玉藻が古塚に眠る怨霊の宿った姿であると喝破し、ついに最後の祈祷に入るのであった。那須野原の殺生石の伝説を借りて、西洋のゴシックロマンスをかたる見事な怪異譚。ここでは、人の心のうちはすべてあらわにされ、行動においてずれるということはない。すなわち内面はない。あるのは、怪異におびえ、権勢にめくらむ己のあさましい姿。そのうえ、一度定まった心根はいかに危機の克服があっても変わることはない。ここでも西洋の怪異譚では、怪異の原因が判明し、陰陽道によって退散されれば悪人は回心するものであるが、千枝太郎の藻に対する思いは決して変わることはない。そのために、彼一人のための後日談が語られる。はた目にはあさましく思えながらも、恋一筋、現生では決心て成就することのない恋に命をささげるのは、しがらみにまみれた読者の欲望を満足させる姿であるのか。物語は藻という怪異な異邦人の策謀にあるが、ああ、なにしろこれが「婦人公論」に連載されたというのが不思議。

小坂部姫 1920 ・・・ 秋も押し迫ったころ隠遁する吉田兼好のもとを訪れる美貌の女子(おなご)あり。かれのいうには、殿の思い人のために恋文をかいてたもれ。兼好、はたとひたいをうつと、ただ一言「なよ竹の」。この判じ物に感服したのか、かの女子退去した後を、下人と白面の武士が相次いで兼好に行く先を尋ねる。はてもさわがしいものよと置き捨てているところ、女子は高師直の娘。師直、塩谷判官の妻に懸想して今にも寝込みそうなところ。おしりも足利、新田、楠などがそれぞれの天皇をたてまつって権勢の行方混沌としているさなか、都で一番の権門がかような恋にうつつを抜かしているのはいかんせんと師直の息子・師冬がいさめるものの、師直ついぞ話をきかざる。そこに塩谷の妻のつれない返事があり、師直、「出会え、馬を引け」と大音声で呼ばわる。師直の娘・小坂部姫は塩谷・師直・師冬のいさかいを鎮めんものと女子のみでありながら、都を足しげく往復するも、かたくなな心はついぞ溶けることなし。しまいには、それぞれから愛想をつかされるばかりでなく、邪魔者をとらえんとの命令で駆ける下人に家臣らをまいて、都を落ち延びねばならぬ。かねてより小坂部姫の周囲を嗅ぎまわる異国の眇目(すがめ)の男、ついに姫の首に刃を突きつけられたとき、摩訶不思議の術をもって、窮地を脱するばかりでなく、姫山いまの姫路の山城に小坂部姫を監禁するにいたる。これこそ、羽柴の殿様が荒れた城を普請し直す300年後までに伝えられる小坂部姫の伝説由来の一編なのであった。おお、師直のあれた心こそ、物語の主役かとおもいきや、じつはそれすら眇目の男の深謀遠慮、夜叉羅刹の呪いはすでに数百年前から小坂部姫を狙いと定め、実に悠久の時を経てもいったん定まった運命、人の心では乗り越えられず、ただ川の中の砂のごとくに漂っては淵に集まり静まるのである。この眇目の男、本邦の怪異譚にはまずいない悪の化身、ありがたい御仏の御念仏すら受け付けぬ唐人の魔術者なのである。ここに、作者の智慧と知識、とりわけ西洋の「ごしっく・ろまんす」の味付けがよい隠し味となって、この運命の女を描くのであった。眇目の男の魔力に小坂部姫が抗う場面を引き延ばしもすると、かれへの憐憫、同情さらに増すものをと心残りもありながら、いや待て、そうはせざると決めたる作者の心意気にも応じねばならぬ。いずれにせよこの薄命の女子の物語、「婦人公論」にて多数の女子を落涙させたとあれば、それは見事な作であると後世のわれらは言わねばならぬ。

クラリモンド 1929 ・・・ 僧侶を希望する青年が僧職の授与式に絶世の美女を見る。その時以来、美女クラリモンドのことが忘れられなくなる。田舎の教会に赴任されるとき、クラリモンドの城を遥かに見、青年のもとにクラリモンドの使者が訪れる。熱狂のうちに、クラリモンドの城に同居することになった。日に日にクラリモンドはやつれていくものの、青年の流した血の一滴に歓喜の声をあげ、血をすすりだす。そこに至って青年のメンター・セラピオン氏が介入することにした。禁欲を旨とする青年に訪れる恋と性の誘惑。破滅に至ることがわかっていても、一瞬の生の輝きは美しい。ロマン主義の主題。人知れぬものへの一途な恋は「玉藻の前」の千代太郎の原型。この国の怪異譚では、恋と性を選択したものは救われないのだね。もとはゴーチェの「クラリモンド」。別タイトル「死霊の恋」で岩波文庫創元推理文庫に別訳がある。

 

 この頃の(およそ40年間の)歴史小説、伝奇小説は戦国時代か明治維新を取り上げ、庶民の生活というと江戸時代の終わりの1800-1860年までを描く。それ以外の時代には怪異や冒険や戦闘はなかったのかというとそうではない。ただ、作家はその時代を調べるのが大変だろうし、読者は想像力と知識を要求されるというので、ともにえり好みをしているのか。こうして岡本綺堂の伝奇小説を読むと、かつては上記の時代以外にも肥沃な物語を持っていた時期があったというのがよくわかる。それが平安朝の末期から鎌倉の初期であり、ここでは武士の台頭と陰陽師の存在がある。南北朝のころには近畿をめざして英雄、眷族、下剋上者、悪党などなどが覇を競い、政治のたくらみを凝らしていた。そこに、さまざまな文化人、異国のものを登場させると、物語の広がり、深みがぐっと増す。
 それに加えて、格調高く、目の積んだ文章。音読も可能なリズム、適切な比喩、ひだも細やかな心理描写に、血沸き肉躍る動きの描写、見たことのない中世を眼前に表す状況描写。ああ、これほど巧みな文章を紡ぎだせるとは。読んでいる間、文章の香りの豊かさに酔った。

 

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