odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

パーシヴァル・ワイルド「探偵術教えます」(ちくま文庫)

 ワイルドが1940年代に書いた連作短編集。「エラリー・クイーン」の片割れダネイの寄与もあったという(エラリー・クイーン「クイーン談話室」(国書刊行会) で言及されていたと解説にあったが、全然記憶にないや)。単行本になったのは1947年。

田舎町のお屋敷付き運転手、P・モーランは通信教育の探偵講座を受講中。気分はすっかり名探偵で、学習した探偵術を試してみたくてたまらない。ところが尾行術の練習相手がたまたま本物の犯罪者だったり、強盗事件に巻き込まれたりと、毎回なぜか大騒ぎに。シロウト迷探偵の活躍を描くユーモアミステリ連作集。新訳「P・モーランの観察術」を追加収録した完全版。
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480435026/

 探偵になりたいけど、観察力にも推理力にも恵まれない(そのうえスペリングがダメ)中年男がすすんで素人探偵を務める。

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P・モーランの尾行術1943 ・・・ 習ったばかりの尾行法を町のイタリア人に試してみたら。相手の勘違いで警官と思われたモーランに、仲間の連中が次々と接触する。モーランはかわいこちゃんにベタぼれ、ついにデートにこぎついたが、いっしょにイタリア人の仲間もついてきた。戦時中なので「イタリア人」を悪にみてしまう。小説でなかったら、ヘイトクライム一歩前。

P・モーランの推理法1944 ・・・ 人間を観察すると職業がわかるという教習でモーランはテキストとおりの屠畜者をみつける。仲良しになったところで、お屋敷が呼んだバンドが演奏できなくなり、モーランは屠畜者がバイオリン弾きだったのを思い出す。大急ぎで呼びに行ったら、銃を突き付けられた。通信講座のつまらないテキストとおりにモーランが動いたら、テキストとおりの出来事が起きたというユーモア編。銃を撃ったことのないモーランがぶっ放したら百発百中というギャグも。

P・モーランと放火犯1945 ・・・ 放火の教程に入ったモーラン、なじみの店で探偵術を使う。深夜に張り込みをすると、なじみの店の女の子がモーランに言い寄ってきた。モーランは女の子といっしょにさらに調査をすることにした。逆さに書かれたホームズの「  」(秘密の日誌に書いておく)。ピント外れの指示を送る通信教育学校の主任警部もおかしいし、事件解決後のモーランの慌てぶりもおかしい。

P・モーランのホテル探偵 ・・・ モーラン、ホテル探偵(ハウス・ディック)になる。すでに探偵であることは有名。見張っていなけえればならない有閑マダムと仲良くなるが、すぐに正体を暴かれ、使命をしゃべりまくる。おかげで通信教育学校から退学されてしまったが・・・。ほのぼの人情譚。

P・モーランと脅迫状1946 ・・・ 銀行の副支配人の口添えで、支配人の困っていることを調べることになった。脅迫状の送り主と探してほしい、期限は一週間。モーランは神父といっしょに探しに行く。珍しく犯人あての探偵小説でした。

P・モーランと消えたダイヤモンド1946 ・・・ あるパーティで資産家のダイヤモンドが11個も盗まれた。招待客の身体検査をしたが出てこない。モーランの友人の女子大生が探偵小説講義の知恵を使って解決する。過去の有名な宝石の隠し場所トリックを試して、モーランは美術品をぶち壊してしまう。最高の笑いどころだけど、撃たれずに済んでよかったね、モーラン。

P・モーラン、指紋の専門家1947 ・・・ モーランは指紋に興味をもった。というのはガールフレンドが漫画の探偵小説に興味をもっているので。デートでドライブにいったとき、彼女は銃をモーランにつきつけた。今までの設定を逆転させる会心の一作。

P・モーランの観察術1951 ・・・ ゴルフ場でゲストの宝石が盗まれた。女性のロッカールームで。モーランは容疑者を観察するために、シャワールームにこもることにする(おいおい)。珍しく犯人あての探偵小説でした。

 

 最後の短編を読んでようやくわかったのだが、モーランは運転手。なので出かけた先では主人が帰るまで閑だから、施設の女の子にちょっかいを出してしきりにデートをしていたんだね。そのときに、モーランは話のついでに探偵術を習っていることを吹聴してテキストを見せびらかし、女の子はそれを読んで探偵をしていたわけだ。なるほど、謎解きの多くがモーランではなく、女の子が行うというのがわかりました。とんだぼんくらでした、俺は。
  書かれた時代には、ハメットとチャンドラーがハードボイルドな探偵を描き、スピレーンのタフガイが町中を駆け回り、ウルフとアーチーも活躍していた。実にマッチョな探偵がたくさんいた時代なのであったが、そこにおいてピーター・モーランは異彩を放つ。成功しているんだか失敗しているんだかよくわからない抜けた探偵、でもほっとけない人情味を感じる。
 こういう小説は上のタフガイや知的エリートが活躍する短編の間に読んだときに、読後の印象が良くなるわけで、こればかりを読むとちょっと飽きるな。もっとゆっくり読めばよかった。
 アメリカは19世紀の終わりごろから通信販売が始まった。分厚いカタログを送付してもらい、図版と説明書きを見て買うものを決め、注文書と代金を郵送すると、商品が届けられる。遠隔すぎて店舗を建てるわけにはいかない地域を市場にするのに、こういうシステムができたのだ。可能になったのは、汽車と自動車の交通網と電信電話に郵便網の整備。多くの場合は物を売っていたわけだが、本書の時代にはサービスまで販売されていたらしい。解説によると1910年代にすでに通信教育の探偵が出てくる小説があり、この後も書かれていたという。21世紀にはアーチー(byレックス・スタウト)みたいな行動派がカメラを身に着けてネット中継し、それを見ているウルフ(同)みたいな安楽椅子探偵が推理するというができそう/ありえそう。そうなると、通信教育探偵小説という趣向は使えなくなるか。