odd_hatchの読書ノート

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ジャン・ジャック・ルソー「社会契約論」(岩波文庫)-1

 原著は1762年。今回は桑原武夫 / 前川貞次郎ほか訳の岩波文庫を読み直す。光文社古典新訳文庫で新訳も読める。ルソーの思想を解説した本はたくさんあるので、正確な読解にはそちらを参照されるように。
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 今回の再読ではアーレントの「革命について」を導きの書とした。彼女の読みを使って、18世紀末フランスの思想を眺めてみる。
 そうすると、同じ社会契約説を主張するロック「市民政府論」1689年とルソー「社会契約論」1762年が異なるのは、書かれた状況が違うところにあるとわかる。すなわちロックはイギリスの革命が成功して王権が制限され、市民の議会が最高権力を持っていた。一方、ルソーはフランスの絶対王政の最盛期であって、市民的自由はないし、政治に参加する機会がなく、王侯貴族以外は搾取されていて「ドレイ」状態にあった。なので、ロックの書が未来への展望を示すのであれば、ルソーは目前の貧困とドレイ状態と政治的抑圧からの解放を目指すものであった。政府権力と公的自由のありかたがまるでちがうわけだ。なので、ルソーの書が全体主義志向を持つという評価が生まれるのであるが、似たような状況で書かれたレーニン「国家と革命」のような政治団体と個人の関係に近いものが想定されるのも無理はない。
 ルソーも「自然状態」を構想する。ロック同様に原始社会などにあったものではなく、ここではイマジナリーな権力のない状態もの。そうすると、各人の権利や自由が衝突する際に調停・裁判する執行権がない。そこから絶対王政のような政府権力ができた理由は本書では不明(「人間不平等起源論」にあるのか?)。ともあれ現状では絶対王政などの専制によって人間はドレイ状態にある。それを脱するには、各人が集合することで権力に打ち勝つ力を作らねばならない。十分な力をもつには一つの原動力で働かせ一致した動きをすることが重要。そのような社会をつくるにあたり、各人はすべての権利を社会に譲渡する。そうしてできた社会の意思は各人の権利の総和であるから、各人は社会の命じることと齟齬をきたすことがなく、自発的に服従するのである。そういう社会との契約を結ぶことが社会契約。社会契約を結ぶ主体であることで主権は各人が持つ(のであるが、政治社会をつくる権利いっさいを各人が譲渡しているので、個々の決定や運営には関与できない。あくまで政府や支配者の指示を聞いてその通りに動く存在)。
 ロックの社会契約は市民同士で結ばれて、社会に参加関与することができるが、ルソーの社会契約は支配者と市民で結ばれて、各人は隣の市民と交通・交流することはないので孤立する。ルソーの社会契約を結んだ結果、孤立して、党の意思と自分の意思にして、人民の福祉と公正を進んで破壊した人物がフィクションで書かれている。
アナトール・フランス「神々は渇く」(岩波文庫)
 そうなるのは、社会契約を結ぶ市民ないし人民は成人男子で、そのなかで資産や教養をもっているものだから。本書の「人民について」に書かれていない女性、外国人、おそらく農民は社会契約を結ぶことができない。そうすると21世紀の視点でみると、社会契約を結べる人はごく少数(実際にフランス革命時には投票券を持つ人は限られていた)。なので支配者と完全一致する一般意思を市民は共有し、利害を別にする部分的団体の特別意志と調停・強調することができるのだし、国家の存続のために「死ね」と命令された人は死ななければならない(それが社会契約から生じる義務の一部)。
 ルソーの考える社会は、各人-国家の関係だけになっている。ロックのように、各人と国家を結ぶ協同体communityは想定されていないし、各人が自治を楽しむ公的自由もない。個人は国家かそれに準じる政治組織と関係を結ぶだけで、近隣の各人といっしょになにかをすることがない。そのせいか、各人は政治権力を内面化してしまう。一員であるという承認欲求は満たされるが監視や抑圧も同時に感じてしまうのだね(おお、そこからフーコーの権力論に続くのか)。
 あと一般意思は個々人の利害を一致させるもので、平等を実現させる。通常、各人の利害や経済状況や力関係は異なるので平等の実現は困難なのだが、ルソーがそう言い切るのはもともと社会契約を結ぶ主体がほぼ同水準の状態にあるためだろう。なので、フランス革命では貧困の解決が一般意思になる。でもルソーの説明では一般意思が成立するプロセスがはっきりしない。選挙や多数決くらいがでてくるが、それは一般意思の表明には程遠い。ルソーの民主主義が全体主義に近く見られるのは、意思決定のプロセスが書かれていないからだ。また一般意思とされたものが誤りがないかを検証し修正するプロセスもない。

    

 

2021/12/10 ジャン・ジャック・ルソー「社会契約論」(岩波文庫)-2 1762年に続く