odd_hatchの読書ノート

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トーマス・ペイン「コモン・センス 他三篇」(岩波文庫)

 アメリカ独立戦争(1775-1783年)のさなかの1776年に出版されたパンフレット。
アメリカ独立戦争 - Wikipedia
 ほぼ無名の人物の筆になるものであるが、ベストセラーになり、「その半年後に発表された『独立宣言』の内容に多大な影響を与えた(表紙解説)」とのこと。アーレント「革命について」によると、アメリカ独立戦争の時代、草の根の民主主義組織が多数できて、独立か否か、その後の政体をどうするかなどが盛んに議論され、代表を中央に送ったという。そういう下からの民主主義を支える思想になったのだろう。それを主導したのが、無名の人物であるところがユニークなところ。

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コモン・センス 1776.01 ・・・ 17世紀ころからの入植以降、アメリカはイギリスの王と議会の承認を得なければ何も決められず、王と議会の指示に従わねばならなかった。入植者が数世代目になり、イギリスの支援を受けずとも自立できるめどがたったとき、アメリカは独立を要求したがかなわない。上記の年になって戦争になる。国内では独立派と残留派の争いもあった。ペインは独立派として、このパンフレットを書く。独立の根拠は、人間の自然権にある。生まれながらにして人間は自由である権利を持つ。自由な人間は公正と公共の作り相互の幸福を尊重する社会を作る。しかるに王や議会(イギリスの上院は貴族)は世襲なので、圧政の原因になる。人民は王と議会による不当な要求を問題にでき、それによる強奪を拒否する権利を持つ。そのうえ世襲制は一度確立されると容易に廃止できない。人民の議会はそのようなことがない。また、アメリカはヨーロッパの市民的・宗教的自由を守って迫害された者の避難所になってきた。ランドのような歴史はないが、自由と公正を旨とするネーションを共有している。なので独立する根拠がある。(このあと、経済的利点や軍事的優位性を説いているが、サマリには入れない。)
(あまりよく知らないが、ロックやベンサムなどの17世紀のイギリスの政治哲学では自然権を説明するのに神を持ち出していたのが、ペインの時代になると自然権の根拠を説明しない。それくらいに生まれながらの自由と権利は自明なもの、公共なものになっていたのだね。ただし、人民の抵抗の事例を聖書から引用して、自説を補強している。あとペインは政府を必要悪とし、最小の費用で最大の幸福を実現することが目的で、できるだけ市民生活に介入してこないことを要求する。これは今に続くアメリカのリバタリアニズムの源流のひとつなのだろう。政治哲学の議論としては粗雑だと思うが、アメリカ独立の思想的根拠になったという点で歴史的な古典になった。)

厳粛な思い 1775.10.18 ・・・ アメリカ独立が必要なのは、イギリスが東インドで行っている残虐行為と、アメリカでのインディアン(ママ)の迫害と黒人奴隷の制度を止めさせるため。

対話 1776.06 ・・・ イギリス人だったのがアメリカでの圧政を見て市民権を得て独立軍の指揮官となって戦死した将軍と、穏健派議員の会話。ことを起こしたくない、隷属のままでいいという議員に反駁し、戦えと檄を飛ばす。

アメリカの危機 1776.12 ・・・ 戦況報告。「自分が生きている間は平和であってほしい。独立は子供の代になってから」という主張を、「わたしらの生きている間に片をつけて子供には平和に暮らせるようにしろ」と反駁する。
(かっこういい。これこそ大人のことばってもんだ。)

 

 ペインの良さは、書斎にこもって観念をいじくるのではなくて、現場にいって行動するところから言葉を作るところ。実際に、本パンフレットを書いた後に雑誌編集者の仕事を止めて民兵隊に参加した。そして1776年秋の戦いに参加する(そのときの見聞が「アメリカの危機」に反映されている)。そういう現場やそこにいる人々の声を聞いていて、自分からアクションを起こして現場を作っている。それが、本パンフレットの平明さになり、よくある穏健論やどっちもどっち論などに的確な反論をできている。戦いをやりたくないとか、棚上げにしてかかわらないとかの、運動を拒否する言説は現場にいるからこそ聞き取れる(書斎派の人のFAQは観念的で空想的なものになって、リアルな触感をもたないのだよね)。
 理論家としては凡庸だけど、彼の強い確信と行動から生まれる言葉は、人を集める強い力をもつ。そういう路上の思想を記録し、行動を重視するところが重要。のちのアメリカの草の根民主主義プラグマティズムなどの源流を見るようで、そちらからも関心を持てる。面白い本だった。