odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

夏目漱石「道草」(新潮文庫)

 体調がすぐれないとなると、こうも不愉快なものを書くのかね。と嫌みのひとつもいいたくなる。
 健三35歳か36歳は、おそらく大学の講師。安月給で生活ははかばかしくない。というのも、両親はとうに亡くなっているのだが、年の離れた兄や姉もまた貧乏であり、長患いをしているために、金がかかる。そこでひとり月給をもらっている健三は彼らの面倒をみなければならない。健三が幼少の頃養子にいっていた島田の家も窮迫し、しつこく金をせびりに来る。そのうえ、妻の父親はかつては羽振りのよい高級官吏であったが、政争があり官庁から追い出された。議員にするという約束が保護にされ、それからは一気に没落。手元不如意が続いて、健三の着古した外套も感謝して受け取るほどに零泊している。兄と姉の健康不安に加えて、妻はヒステリー気味、そのうえ第三女を授かり、この先自分を含めて5人を養わねばならない。生活とはなんと苦しいことか、生きることの意味はどこにあるのか。当事者の健三は書斎にこもって、内省を繰り返すのである。
 健三は頭はよいので、英国留学に選抜されたし、帰国後は大学の職を得る。洋書を読んで最新事情も知っているが、仕事に熱は入らない。それは極端な人間不信で、人嫌いであるから。親戚付き合いはほぼなく、彼を訪ねる友人もいない。あまつさえ家にいる女たち(妻と子供)を馬鹿にする。さまざまな不都合や不条理がやってくるが、問題を解決しようとする気がない(金をねだりに来るたかりに対して金を払うのは最悪の手)。その結果、頭の中は金がないことと女や無学者を馬鹿にすることしかない。周囲の健康不安にも同乗や憐憫をみせず、でも自分の体調不良には敏感に反応して、近々やって来るはずの死を思う。
 典型的な日本の男だな。こういう記述がある。

「彼(健三)には転宅の手伝いすら出来なかった。大掃除の時にも彼は懐手(ふところで)をしたなり澄ましていた。」 

なので、妻が産気ついても下女に産婆を呼びにいかせるだけ。出産で苦痛の妻をはげますどころか、放置し、生まれた子をどうするかわからず途方に暮れる。そうなるのも、健三は妻に

「女だから馬鹿にするのではない。馬鹿だから馬鹿にするのだ、尊敬されたければ尊敬されるだけの人格を拵えるがいい」

というくらいなのだから。自分の孤独感を口実に他者への配慮がまったくない男なのだ。
 男性優位と女性嫌悪をこじらせ、家事のひとつもできない明治男の孤立や憂愁を「明治精神」などから分析する気にもなれねえや。洋書が読めるなら、翻訳の仕事のひとつでももらってこいや、この甲斐性なし。漱石の創作の中では最もダメなもの(随筆だと植民地主義肯定の「満韓ところどころ」)。
 健三に多少の猶予があるとすれば、幼少期の養子体験で誰かに愛されたという体験がないこと。島田の夫婦が喧嘩ばかりし、健三の養育を放棄し、ふたたびこれもまた金のない実父の家にもどされる。その父も

「食わすだけは仕方がないから食わして遣る。しかしその外の事はこっちじゃ構えない。 先方(むこう)でするのが当然だ」

という男なのであって、ネグレクトは連鎖するのだ(21世紀の日本の男は健三の父の考えからほとんど進んでいない)。21世紀になって「日本人は親切」「日本人は寛容」「日本人のおもてなし」などの言説が強調されるようになったが、100年前ですら日本人は他人の不幸や困苦に無関心で傍観していたのだった。公共概念をもつことができず、健三のような利己主義が蔓延してしまったのだろうねえ。
 それを変えるのは社会保障を厚くすることで、明治期のように貧困の支援を個々人や家に任せるのではなく、国家が支援すればよい。でも、セイフティネットの充実はWW2の敗戦後なのであった(一方で貴族や高級軍人の年金などの支援は手厚い)。
 1915年初出。