odd_hatchの読書ノート

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黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-2 1672年2月ルイ14世の圧政に反抗する貴族・有藻守雄は鉄の仮面をつけられて幽閉される。妻バンダは解放に奔走する。

2022/04/25 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-1 1893年

 

 1672年2月。長年のルイ14世の圧政は一部の貴族の反感を増やしていた。パリは王の配下のルーボア(涙香は日本名にしているがめったに使わない文字はカナ表記にする)が密偵を放っているので活動は制限されていた。そこで有藻守雄(あるももりお)はブルセル(ママ)に逃れ、蜂起のタイミングを計っていた。その計画はルーボア配下の楢尾男爵の知るところとなり、襲撃を受ける。一命をようやく取り留め、蜂起の準備よしとの報が入り、守雄一行はパリを目指した。しかし一行に紛れた密偵は楢尾(ならお)」男爵に知らせ、待ち伏せを食らった。守雄と密偵が逮捕され、鉄の仮面をつけられて、どこかに連れ去られた。
 織部(おりべ)夫人はルイ14世の寵愛を一身に浴びていたが、若い愛人に気を移してしまったために宮廷から追い出された。なんとか元に戻りたいと願い、守雄らの反乱者を援助することにする。楢尾男爵は織部夫人抹殺に失敗した後、従者立夫(りつお)を買収し、ひそかに守雄一行の密偵にすることに成功。この立夫に織部夫人は一目ぼれ。一方、守雄の妻バンダは帯里谷(おびりや)大尉、実は立夫に警戒する。この二人が捕えられたあと、織部夫人、バンダは共闘して二人を奪還することを誓う。軍師になるのは占い師梅真(ばいしん)女。バンダは守雄の隠した秘密の小箱を回収するべくブルセルに急いだが、頭巾をかぶった髑髏の顔の怪人に先回りされ奪われてしまった(第1-38回)。

 二人の鉄仮面に髑髏の顔の怪人が登場。妖しさがいや増す。さらに、いくつもの恋愛が錯綜。守雄-バンダ、織部夫人-立夫、さらに楢尾男爵の配下で武骨な大男相曽根男爵が馘首されたのち、織部夫人の忠実な騎士になると告白する。何とも盛沢山な設定。
 鉄仮面が収容されているバスチル(ママ)監獄の情報を得ようと、バンダは典獄に近づきになる。晩餐に招待されるとなんとルーボアが来た。好色なルーボアはバンダ(変名を使う)に色目を使う。織部夫人もルーボアに接触し監獄に収監されている鉄仮面の正体を問い詰めるが、ルーボアは嘲笑。織部夫人は獄舎の牢番を買収して脱獄を手引きする。首尾よく鉄仮面を助け出すと、中身はなんと相曽根男爵。本物は別の監獄に送られたという。このうえはルーブアを毒殺するあるのみとの梅真の決意に、バンダはルーブアと接触する役務につく。「操を破りても目的を遂げよ」とのきつい忠告。いやいやながらの逢瀬。バンダが冷たくするほどにルーブアの至情は募るが、そこに現れるのは楢尾男爵。すぐにバンダの招待を暴き、逮捕して私邸に監禁する。梅真らは即座に奪還をはかるが、すでにバンダは連れ去られた後。楢尾だけを捕まえて行方を白状させようとするが強情な楢尾は口を割らない。梅真は毒薬を飲ませ、ひとときおいて蘇生させようとしたところに、ルーボアの派遣した捕吏が来る。他の面々を逃亡させ、自身は逮捕される。執拗な尋問、拷問を受けても、梅真は白状しない。なんとなれば隠し持った毒薬で体の不調を即座に直したからである。ついに火刑の日、刑場周辺に梅真奪還の同志がいるのを見つけるが、ある商家の二回窓に蘇生した楢尾を見つけ、梅真は絶望する。一方、髑髏の顔の怪人もルーブアに接触を試みている(第39-83回)。

 小説の半分まで来た。絶対権力者ルイ14世にさまざまな思惑で抗するグループはここで最悪の事態に達する。守雄はとらわれ、バンダもどこかに連れ去られた。手下や従者は行方不明。織部夫人はオーストリーに亡命、梅真はとらわれの身。死刑が決まるも、梅真のもつ宮廷の裏情報を暴露すると、貴族たちに動揺が走る。

 

 冒頭から50ページくらいまでは大量の人物が出てくる。誰が主人公なのか、何が本筋なのかわからない。途方に暮れるような読書が続く。それを乗り越えて、事件のあらましがわかると、グンと面白くなる。21世紀のエンタメからすると、主人公のバンダの性格が弱く(19世紀では破格の行動派なのだが)、所天(おっと:こういう現在使われない語彙がでてくる)守雄がなぜ英雄視されるのかわからないのだが、とりあえず目をつむれば、時の権力に立ち向かう少数者の命を懸けた冒険がページを繰るごとに紡がれる。情報の伝達が遅いがために、危機にも陥れば、ことを有利に運ぶこともでき、なるほどこの時代では個人の行動が権力の裏をかくことにもリアリティがあったのだ。
 小説ではルイ14世の暴虐ぶりはさほどかかれないのだが、19世紀後半のフランス人には自明であったのだろう。それにしても、梅真への拷問(水責め)の執拗な描写にはびっくり。いまではそこらのSM小説でもどこかで手加減するものをここではリミッターがない。それが日仏の新聞・雑誌にあっけらかんと載っている。

 

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2022/04/21 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-3 1893年