odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-1

 黒岩涙香31歳のときに(明治25-26年1892-93年)、万朝報に全138回で連載された。二人の鉄仮面の正体はだれか、二人の後を追う波乱万丈の冒険、謎の髑髏の怪人等で興味を引き、最後に驚愕の真相が明らかになるなど大好評を博した。戦後もなんどか単行本化されたらしい(乱歩の現代語訳やジュブナイルを含む)が、この旺文社文庫版(1980年)がいまのところ最後。「幽麗塔」「妖の物」「死美人」いくつかの短編と涙香の小説を読んできたが、「鉄仮面」の文語体がもっともよみずらい。一つの文がとても長く、改行が少ない。会話の改行もない。リーダビリティがよくないので、再販されるかどうか。(追記。いや、登場人物を把握し、物語が動き出せば、読めます。)


 例によってタネ本があるわけだが、原作者ボアゴベの名はわかっていても「鉄仮面」のタイトルがないことから長らく原作は不明だった。それが「Les Deux Merles de M. de Saint-ars (サン・マール氏の二羽のつぐみ)」と判明する。さらにこの本には英訳本があり、「The Iron Mask」全二巻であることもわかった。「黒岩涙香は英訳本から翻案しており結末が原作と異なっている」とのこと(wiki)。

ja.wikipedia.org


(wikiで調べると奇妙なことがわかる。「鉄仮面』に関するフランス書を入手した松村善雄が『鉄仮面』伝説の小説リストの中にあったボアゴベイの著書の題名の「サン・マール」から『鉄仮面』に思い当たり原題が判明した」とwikiにあるのだが、ボアゴベ(Fortuné du Boisgobey)の英語ページには「Les Deux Merles de M. de Saint-ars (サン・マール氏の二羽のつぐみ)」のタイトルがみあたらず、「Le Vrai Masque de fer(本物の鉄仮面 ) (1873) - The Iron Mask」とある。あいにくどのタイトルで検索しても書影はみつからない(2020年5月現在)。

en.wikipedia.org


同じwikiの「鉄仮面」英語ページでも、「Le Vrai Masque de fer」で紹介されている。

en.wikipedia.org


「The Iron Mask」で検索すると、大デュマの小説と映画の「鉄仮面」情報が先にヒットするので、ボアゴベまでなかなか行きつかない。ちなみに下記のgooglebooksでボアゴベの小説がPDFで公開されダウンロードできるようになっている。ただし英訳版のみ。「The Iron Mask」はなかった。

books.google.co.jp


 ボアゴベの「鉄仮面」は2002年に全訳され、講談社学芸文庫で上下二巻で発売された。wikiには「(翻訳者の)長島良三は、原書の入手を試みたが入手できず遂にパリ国立図書館に原書が保存されていること知りその複写を取り寄せて翻訳した」とあるので、上の事情がわかるかもしれない。

 

  


 加えて、涙香はさらに別書を使って本文中に加えたという。

「ありふれた職業で世界最強」から『巌窟王』の話題が出ているようだが、マリー・コレリの『復讐(ヴェンデッタ)』、ヴェルヌの『アドリア海の復讐』など幽囚と変身と復讐テーマの小説はいっぱいあります。また涙香がヴェンデッタを訳した『白髪鬼』の前置きには「曽て読みたるボアゴベー氏の大復讐と云へる小説にもゴントラン、ド、ケルガスなる者が地底より蘇生し来りて旧情婦を瑞西の山巓にて救ふの一條あり」と記されているそうで、同じ涙香訳『鉄仮面』のボアゴベ原作にはない「仮死状態で埋葬され顔が腐り落ちた髑髏になって蘇生する美青年」も、何かそういう小説からの挿入が憶測されます。
https://twitter.com/ashibetaku/status/1148459214584463360

 黒岩涙香「白髪鬼」の「訳者の前置」から該当部分。

 

このシーン、ボアゴベ第二長編「大復讐」にあるシーンのようなので、涙香の「鉄仮面」は、正確には「サンマール氏の二羽のツグミ」と「大復讐」の混成原作になるかと。
https://twitter.com/komorikentarou/status/1227079414904524800

 

黒岩涙香の『鉄仮面』について、涙香研究家の伊藤秀雄さんも指摘していないことですが、『鉄仮面』のタネ本はもう一つあって、ボアゴベの「大復讐」です。それとフランスで刊行されている『サン・マール氏の二羽の鶇』という本は『鉄仮面(iron mask)』という題での刊本が別にあります。
https://twitter.com/komorikentarou/status/1127393936937369600

(ボアゴベの第二長編は、日本語wikiでは「Les Gredins(1872-73)」、英語wikiでは「Le Chevalier Casse-Cou (1873) - The Chevalier Casse-Cou」となっていて、「大復讐」がどれかわからない。)
 小説に入る前の書誌情報だけで一エントリーになってしまった。古い小説を読むときにはたいていこうなる。

 

 ときは17世紀後半、太陽王ルイ14世の時代。
1669年、ルイ14世の大臣からピネローロ監獄の監獄長サン・マールに預けられ、監獄長自ら世話をしたという。以降、サン・マールの転任と共にその囚人も移送され、サント=マルグリット島を経て、1698年にバスティーユ牢獄に移送された。当時のバスティーユ牢獄の看守は、「囚人は常にマスクで顔を覆われ、副監獄長直々に丁重に扱われていた」と記録している。

ja.wikipedia.org


 囚人の正体がついに不明であった。さまざまな「謎解き」が行われ、そこから派生してフィクションが創られた。デュマのものが有名だが、ボアゴベ版も早い時期のひとつ。

 

2022/04/22 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-2 1893年
2022/04/21 黒岩涙香「鉄仮面」(旺文社文庫)-3 1893年