odd_hatchの読書ノート

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フリードリヒ・エンゲルス「イギリスにおける労働階級の状態」(山形浩生訳)-1 25歳のエンゲルスが労働者の悲惨な状況を調べたルポ。エンゲルスで唯一推薦できる本。

 1820年生まれのエンゲルスが、25歳の1845年に出版した本。仕事の傍らイギリスの街に行き、労働者の状況を見聞きした。それにほかの人のレポートや新聞記事などを参照してまとめた。翻訳書は出ているけど、今回はネットに公開されているものを利用(山形浩生訳)。

https://genpaku.org/engels01/workingclassj.pdf


 翻訳者の解説。

cruel.hatenablog.com


 感想を先取り。エンゲルスは最初のマルクス主義者で、理論家としてはダメだと思うが、この若書きのルポはよい。年取ってからは史的唯物論とか革命の必然性とかのイデオロギーのほうを書いていたのだが、この時代はまだそこまで考えが至っていないので(ヘーゲル哲学を勉強中)、古典派経済学で説明している。それが現代にまで通じる内容になっている。なので、エンゲルスの本で唯一推薦できる本です。25歳の筆であることがわかるように、一人称を「ぼく」とし、文体もわかわかしくしたネットの翻訳を入手するのがよい。(なお、元はドイツ語だが、この翻訳は英訳からの重訳だとのこと)

 

はじめに ・・・ 1760年ころから1845年までの80年間の産業革命のスケッチ。エンゲルスによると、技術革新が起きて、布織りが工場化され、かつ専業化。それをまねする者が続出し、技術革新が進む。周辺業界(海運、鉄鋼、炭鉱、鉄道など)にも「産業革命」が波及する。イギリス国内の人口増があり農業の効率化も起きたので、工場労働者はすぐに補充できた。でもって、ブルジョア中産階級、労働者階級の階級社会ができる(世界に先駆ける)。中産階級は貧困問題を無視した。
(言及がないが、技術革新の前に、イギリスのインド支配がありやすい綿花を大量に輸入できるようになった。それが技術革新と産業化のモチベーションになったわけで、産業革命は植民地の収奪・搾取が前提だった。)

第1章 工業プロレタリアート ・・・ 最初のプロレタリアートは工場労働者として現れるから、分析はここから(製造業社は集まることで効率が上がるから都市に作られるが、賃金が高くなるので、賃金の安い田舎に行きたがるインセンティブもある。都市と田舎の綱引きがあるよ。資本主義が大きくなると、国境を越えて資本が移動するようになる。ここではそこまではいわない。)

第2章 大都市 ・・・ 自由主義経済を貫徹し、福祉を国家が行わない時代。都市に住む労働者、工場勤務者とその家族の悲惨極まりない暮らし。劣悪なのは、環境、住居、衣服、食糧。ないのはトイレ、教育、医療など。

「一家は、ギリギリ飢餓を逃れられる程度の食べ物しか得られない、いやそれすら得られないこともしょっちゅう起こる」「真っ先に病気になる人物、その父親が完全に身動き取れなくなると、悲惨は頂点に達し、そして社会がその成員を、まさにかれらが最も救いを必要としているときに見捨てる残酷さが、白日のもとに全面的に曝される」「社会は(略)、こうした人々など気にかけない。当人と家族の自己責任で放置し、それでもそれを効率的で持続的に行える手段をまったく与えない。」

第3章 競争 ・・・ 自由な労働市場に関する古典派経済学の説明。商品としての労働力が過剰であると、価格(賃金)が下げられる。失業者があふれ、絶望と敵意が街に蔓延する。奴隷制よりもダメな状態である。

「露骨な奴隷制と比べて唯一のちがいは、今日の労働者は一回で売り切られることはなく、一日ごと、週ごと、年ごとに切り売りされることと、一人の所有者が別の所有者に労働者を売り渡すのではなく、当の労働者自身が自分をこうして売るよう強制され、ある特定の人物の奴隷になるのではなく、財産保有階級全体の奴隷になっていることのために、一見すると自由であるかのように見えるという点にある」

(これを解決するには、労働者が組織化して経営者に圧力をかけることと、国家が介入することが必要で、大衆の支持がなければ効果がない、ということになるか。今の日本はどれもないので、労働力を減らすこと(子供を産まない=労働力を再生産しない)で対抗しているわけだ。誰かが呼びかけるわけでもなく、自然と消極的抵抗が行われている。)

第4章 アイルランド人移民 ・・・ 1801年にイングランドアイルランドを併合してから、イングランド人がアイルランドの土地を大規模に所有。アイルランド人が貧困に陥り、イングランドに出稼ぎや移住して、底辺労働者になった。ここはアイルランド人差別も混じる内容(イングランドプロテスタントアイルランドカソリックという宗教対立も含まれる)。本書は背景が書かれていないので、ヘイトスピーチが際立つ。

第5章 結果 ・・・ 劣悪な環境で長時間労働を強制し低賃金しか支払われないために、過労で生活は失業の可能性で不安定。住居は不衛生で栄養不良で発育不良で高死亡率。インチキ薬に頼り子供のネグレクトが横行し、子供は飲酒や事故で死亡率が高い。ここら辺の事情は、同時代のロンドンを経験したブルジョア階級のレポートと同じ。
 フロレンス・ナイチンゲール「看護覚え書」(現代社)-1
公教育がないので無学・無教養で文盲。ブルジョアやその手下の暴力にさらされる。時に抵抗があったようだが、官憲の弾圧を受ける。

 

 スラムの惨状が臭ってくるような迫真の描写が続く。エンゲルスくんの怒りが手に取るようにわかる熱い文章です。
 19世紀の労働者の労働と居住の感興が悪質だったというのは、いろいろ言われているわけだが、21世紀に簡単に手に入る書籍があまりない。そのために、ディケンズドストエフスキーなどのスラム描写がピンとこないことがあったのだが、横にこの本を置いておくとよい。重宝するはず。
 第1章はエンゲルスが体感・体験した産業革命の様子。わずか80年で、田園風景だったのが工場の立ち並ぶ都市に変貌する。そこに今までありえないようなたくさんの人間が移り住んできて、騒音と喧騒があり、生産品が出荷され、町の店舗に並んだり港の海運船に積まれる。徒歩か馬車しかなかったところに鉄道がとおり、道が広がり、運河ができて船が行きかう。そういう劇的な変化があった。
 ブルジョア出身のエンゲルス産業革命に興奮していると思う。

 

 「イギリス」といっても、この時代に複数の王国などを統合する動きがあった。アイルランドが統合されたのが19世紀初頭であるとか。なので、イギリスという国家と、イングランド人・ウェールズ人・スコットランド人・アイルランド人などの民族は一致しない。ナショナルアイデンティティとステートの意識が異なるので、イングランドに住むドイツ人のエンゲルスは、ときに非イングランド人への侮蔑的差別的なものいいをする。とくに最近イギリスに統合されたアイルランド人に対して。差別の要因は彼らの貧困や無学・無教養、非道徳的ふるまいなど。エンゲルスはこれらを生まれながらの属性、民族の特徴のようにいってしまうのだが、もちろん誤り。現にある状況が彼らをそうさせているだけであって、富の再分配を行い、教育その他の公共サービスを充実させることで一掃できるようなことなのだ。社会の公正さと政治参加の自由を獲得すれば、どの人だって道徳的・知的になれる。

 


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2022/06/16 フリードリヒ・エンゲルス「イギリスにおける労働階級の状態」(山形浩生訳)-2 1845年に続く