odd_hatchの読書ノート

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今津晃「世界の歴史17 アメリカ大陸の明暗」(河出文庫) 西欧が植民地経営こだわったカリブ海周辺と南アメリカは停滞し、手を引いた北アメリカは奴隷制があったために発展した

 中南米文学を読んでいながら、ラテンアメリカの歴史を知らないのに気付いて、手軽な通史を読むことにする。
 アメリカの歴史は15世紀の西洋による「発見」以降として書かれないのは不幸で、不当なこと。マヤ文明インカ帝国の長い豊かな歴史があるはずなのに、無文字であることや徹底的に破壊され、継承者を殺戮してしまったために、詳細がわからない。


 さて、「アメリカ大陸の発見」のあと、西洋人が流入するのであるが、大きく二系統の流れがあり、現在に至っている。西洋人の流入では、現地人のキリスト教改宗の強制、不服従の現地人の大量虐殺、アフリカ大陸からの奴隷貿易、ネイティブインディアンの資産取り上げと虐殺があったのである。そこについてはここでは触れない。
 まず、スペインとポルトガルの人々がおもに中南米に入植した。その特徴は、移住した人は一旗揚げていずれ帰国することを前提とした独身者だった。なので現地で混血がすすみ、さまざまなグループを造った。大土地所有制になり、ごく少数者が土地を独占した。本国統制が強く、現地の自治や民主主義は根付かない。中産階級が生まれず、奴隷制が続く。19世紀初頭まではアングロアメリカ(USAとカナダ)よりも総生産額が多く、人口も多かったのだが、のちは資本主義と民主主義の遅れで停滞する。
 イングランドアイルランドの人々による入植先はおもに北アメリカ。移住した人は故国を捨てたので、家族や親族ぐるみだった。言語や出身地を同じにする人がコミューンをつくったので、混血はあまりみられない。入植者の大部分は農業を行い、ほとんどが土地を所有する自作農。なので、草の根民主主義の伝統が生まれる。ほぼ全員(男子に限るが)が参政権をもっていて、のちのアメリカ革命(独立戦争)にいたる。思想的な意義は別にアーレント「革命について」などで見ることになるだろう。ペインやジェファーソンの民主主義の議論がフランスの啓蒙主義とどう違うのかは個人的な関心の的なので、いずれ勉強したいと思う。アメリカの民主主義は、王権や宗教権力などによる抑圧からの解放思想というよりは、入植者の自立自治の生活と伝統の延長の上に築かれていると思う。その違いにも注目しておきたい。
 北アメリカは農業の生産性はそれほど高くはなかったが、1850年ころから天然資源の発見と採掘がおこなわれて、産業革命が進行。そのころからラテンアメリカよりも、総生産額と人口が多くなる。鉄道や鉄鋼の巨大企業が生まれ、大資産家が誕生する(ガルブレイス「不確実性の時代」に詳しかった)。グローバル資本主義の性格を持ったアメリカの大企業はラテンアメリカに投資し、経済的に支配するようになる。もちろん軍事も使った(対メキシコ、対キューバなどの戦争や各所への軍事介入など)。
 USAの歴史で独立戦争について重要なのが南北戦争。たんに奴隷制の存続か廃止かの内乱ではない。北と南の対立点は工業vs農業、中央集権・連邦政府vs分離主義・地方自治など。この争いは、今でリベラリズムvsコンサヴァティブの対立として残っている。
 さて、アングロアメリカは「民主主義」「自由」の国であるのだが、それは市民を対象にした限定的なものだった。「白人」のような民主主義の参加者には、それらは認められるとしても、それ以外の人々には与えられないし、取り上げる。すなわち、ネイティブアメリカンであり、アフロ系アメリカンであり、ラテン系アメリカンであり、移民たちであり、工場労働者。「民主主義」「自由」の政策がある一方で、対象外の人々には悲惨な生活を押しつけて、そのまま放置していた。また宗教には比較的寛容ではあったが、それが「選民思想」にもなり、他国への「民主主義」と「自由」を名目にした介入を繰り返す。上のふたつのページェントを除くと、USAの歴史はとても苦々しく、気分が悪くなるところがある。
 あと、この本では人口に関心をもっていて、1800年代初めには北アメリカ500万人、ラテンアメリカ1700万人だったとされる(どこまでを含んでいたかは不明)。それが北アメリカでは1850年2400万人、1960年18000万人と劇的に増加。ラテンアメリカでも同様の人口増があった。他の大陸や国家ではここまでの人口増はみられないのであって、たくさん人がいることがそのまま周辺への圧力になったというのが重要(その背景には、15世紀からの侵略や移住で現地の人々が戦闘や伝染病で大量死しているのがある)。