odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-1

 Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。科学の記述を聞くと、わしはそこにいたと叫んで、思い出話に花を咲かせる。1965年初出。

月の距離 ・・・ 月の軌道がいまより地球に近かったころ。老人のいた岩礁から月にいくことができた(途中の無重力空間に舞う少女の描写の詩的なこと)。あるとき、老人と奥さんだけが月に取り残されて・・・。状況は科学的に記述されるのに、語られるのは18世紀の海洋ロマンスという齟齬。

昼の誕生 ・・・ まだ星雲ができていないころ、引力でガスが固まりだした。一族が眠っていると、周囲がゴロゴロして目を覚ますし、何もかもずぶずぶと沈んでいき(とはなにか)、遠くで発光して「昼」が始まったのを知る。宇宙開闢を家族旅行のように描く。

宇宙にしるしを ・・・ 銀河の端にある太陽は二億年で一周するというので、老人はしるしをつけておいた。それは宇宙の混沌に変化しない「もの」の最初であったが、宇宙が変化しつづけるのをみるにつけ、いまわしいものになった。さらに時間がたつと、最初のしるしに似たような印がそこらについていき、しるしの意義がなくなっていく・・・。無限と永遠に対する不変・普遍への恐怖。事物と記号の役割の逆転。

ただ一点に ・・・ 宇宙がただ一点に集まっていたとき、みなが点に詰め込まれていた。世間づきあいをさけようにも一点に頑張っていたので逃げられない。一人スパゲティを作るといっていた夫人のことを思い出す。そのあと宇宙は膨張し、あの人を失ってしまった・・・。このwiki記事を見ると、1965年はビッグバンのイメージが人口に膾炙した端緒の年だったようだ。自分の記憶では1970年代にはビッグバンセオリーは常識扱いだった。

ja.wikipedia.org


無色の時代 ・・・ 空気と水のない地球では紫外線が色彩を壊してしまうので、白と黒しかない。老人は岩石や砂漠に変りのあるものを探す。そこに女性アイル(ルは小文字)を見つける。美しい法悦の園。しかし地球が空気と水をたたえるようになると、アイルはいなくなる・・・。若々しい青春の物語がオルフェオ神話に変貌。

終りのないゲーム ・・・ 宇宙が若かった時、アトムを転がすゲームで遊んでいたが、水素原子は自動生成されるので、いつまでも決着がつかない。ついに星雲を作ってレースをすることになる。すると相対性理論の効果で過去の自分が次々と出現し・・・。宇宙の生成が幼児の遊びで語られる妙。

水に生きる叔父 ・・・ 水棲から陸棲に変わろうかというころ、老人は完全陸棲の若い女の子と許嫁になる。でも頑固に水棲を続ける大叔父を説得しないといけない。彼女を紹介しようとすると案の定猛反対。どころか水棲の利便を説く。それを聞く彼女に老人はやきもきして・・・。なるほどこうしてクジラやイルカが生まれたのだ! と叫びたくなるくらいに、進化のできごとをよくある結婚障害話に書き換える。

 

 「ただ一点に」のサマリーに書いたように1950-60年代にかけては宇宙論や進化論の大きな変化が起きた。宇宙論ではビッグバンセオリーが受け入れられ、定常宇宙が否定されて、進化しいずれ終わる宇宙になった。分子生物学セントラルドグマが受け入れられ、生命現象や進化などを物理学や化学の用語で記述できるようになった。
 その時代において、科学と文学はますます間を広げるものだが、小説家カルヴィーノは両者を架橋する。エンタメも科学を紹介することはあるけど、多くの場合はお勉強の発表会。通俗解説書に書かれているような内容をなぞる。あるいは科学的な装いをした疑似科学(フィクションの中に登場していれば無問題)。でもカルヴィーノはどちらもとらない。科学の記述を逸脱しないけれど、そこに文学的なイメージを加える。たとえば、「昼の誕生」で老人一家がガスの集まりに潜り込んで眠っているところ。あるいは「終りのないゲーム」で老人と悪友がそれぞれ自分の作った星雲に乗って、宇宙を駆け巡っているところ(でも水素原子の自動生成は誤りだけどね。いまならダークマターを使うだろう)。このイメージの喚起力がよい。21世紀にはハッブル望遠鏡の微細な宇宙写真をみたり、国際ステーションからの宇宙の眺望を動画で眺めたりできるので、詩的な喚起力は強まっているのではないか。
 そこにカルヴィーノはとても通俗的な物語を加える。宇宙的進化論的な超歴史的、非人間的できごとを市井の人々のルーティンにしてしまったり、ボーイ・ミーツ・ガールの物語に書き換えたり。すでにもう食傷気味の紋切り型の物語が宇宙論や進化論と出会うことによって、新しくなる。

 

  

 

2022/07/15 イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-2 1966年に続く