odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」(講談社現代新書) ひとつしかない宇宙が人間に合うように作られたのではなく、無限ともいえる宇宙のなかにたまたま人間が生存可能な物理定数をもつものがあってそこに人間がいる、という考え。

 人間はこの世界(宇宙)はどのようにできているかをどうにかして説明しようとしてきた。あいまいなままであるより、起源が明らかであり規則や秩序がわかるほうが安心できるからだ。古代の宇宙論や中世の占星術の試みの後、近世になって科学もそれにこたえようとする。そのときに原理とされたのは、目的論を持ち込まないこと、人間中心主義をとらないということ。人間が「いま-ここ」にいることを特権的にしないこと(かわりに均質、平等、再現可能などを優先すること)がもとめられたのだ。


 しかし20世紀の天文学と物理学はこの原理では説明できないことが見つかってしまった。宇宙は相対性理論で空間は何もしないバックグラウンドであることをやめ、ビッグバンセオリーで宇宙には起源と終りがあり絶えず膨張していて、量子論では真空のエネルギーはゼロではなく無限大になった。いくつかの物理定数を変えてみると、宇宙は「いま-ここ」にあるものとはまったく異なる様相を示すことがわかった。ではなぜ物理定数はこの値なのか、「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」を説明することができなかった。
 そこで20世紀後半から「人間原理」を導入しようと提案がおきた。「人間原理」は自分が説明するより、以下のwikiを参照。

ja.wikipedia.org


 この説明でも不充分であるので、詳しい説明はやはり本書を参照するのが手っ取り早い。ポイントはこの原理を参照した科学者がインフレーション宇宙モデルを構想して、それがビッグバンでうまく説明できなかったことを解明することになった。そこから多宇宙ビジョンが生まれる。すなわちインフレーションを起こしている領域に泡のように宇宙ができている。そのなかで、<われわれ>のいる宇宙がたまたま「いま-ここ」の物理定数をもっていた。この考えによると、ひとつしかない宇宙が人間に合うように作られたのではなく、無限ともいえる(学者によっては10の500乗と推測している)宇宙のなかにたまたま人間が生存可能な物理定数をもつものがあった、ということになる。そこまでくると、目的論も人間中心主義もない科学の議論になるのだ、という。
 無限に多数ある宇宙はたとえば平行宇宙論のように「いま-ここ」とほとんど同じでどこか細部が異なる宇宙が多数あるというイメージだが、この多宇宙ビジョンはまったく異なる物理法則を持つ宇宙を想定している。なので、SFイメージによくある何かの爆発でべつの平行宇宙に飛ばされるということはおきない。平行宇宙にいる自分と同じ別人と入れ替わることもない。
 多宇宙ビジョンはビッグバンセオリーにある起源と終末をもつ宇宙に孤独に在り死に絶える人間というイメージを払しょくする。それは無限の孤独を少しは癒してくれそうだ。この宇宙が熱的死を迎えたりブラックホールに飲み込まれる虚無にいたるとしても、なんとなく再生するイメージを持つのだ。<この私>は死を避けることはできないが、いつかどこかで復活するかもしれない、そういう可能性にすがりつけそうだ。
(というものの、自分がいつか誰かに生まれ変わるという妄想の代わりに、自分は過去の誰かの生まれ変わりだと妄想すると、<この私>は過去の誰かの個人的な体験を全く記憶していないことに気づく。それに、過去の誰かがこうなりたいと願っていたことが今の自分の生活や仕事であるとすると、過去の誰かの願いはこの程度にしか実現しないのか。となると自分がどこかに転生したとしても、「いま-ここ」とそれほど変わりのない凡庸な生をいきることになるのだろう、いやむしろもっと劣悪な状態に置かれるのかもしれず、21世紀前半のこの国にあることはある程度の幸福にあるのではないか。こう考えると、また生まれ変わってもナントカしたいという願望は多宇宙ビジョンでも実現不可能であるのではないか、と思うのだ。)

 と本書の言っていないところに妄想を展開してしまった。インフレーションの提案が1970年代、多宇宙ビジョンが提唱されだしたのは1990年代。埴谷雄高の「死霊」の第7章以降には泡宇宙・花火宇宙などのビジョンが書かれていた。作家の妄想の産物かと思っていたが、同時代の天文学や物理学の成果をいち早く読み込んで作品に反映していたのだね。勉強家でした。

 

 

 自分は「人間原理」よりも第1章のプトレマイオス-コペルニクス-ニュートンへ続く古代から中世の宇宙論が面白かった。下記しか知らなかったので、この半世紀で科学史や科学論もずいぶん読み直しや再検証が進んだのだね。そこに焦点をあてた最近の解説や啓蒙書を読んでみたい。
2013/02/14 コペルニクス「天体の回転について」(岩波文庫)
2013/02/13 トーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学術文庫)-11957年
2013/02/12 トーマス・クーン「コペルニクス革命」(講談社学術文庫)-21957年