odd_hatchの読書ノート

エントリーは2800を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2022/10/06

堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)第三部

2022/09/29 堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第二部 1963年の続き

 第3部になると、前の部で歓迎パーティのために集まった人々はばらばらになる。うわべでは幸福な家族であるような出家の人々は変化をみせて、それぞれがもつ敬意や敵意があらわになるようである。それは「阿保天使、バカ天使」というしかなさそうなポール・リボートの深い憂愁のせいに見える。
 ポールの行動は突拍子もなくて、予測しがたい。少ない言葉からはほとんどメッセージは伝わらず、彼が苦しんでいることくらいしかわからない。出家の人々の言葉はポールに通じず、ポールの言葉もわからない。そのような「外国人(@柄谷行人)」であるポールは、それゆえに出家の人々に印象を残す。すなわち、「不気味@信也」「ただひとりあれ(原爆投下体験)に口をふさがれてしまった人@吉備彦」「無思想そのもの、否定そのもの@唐見子」「むきだしの単純さそのもの@雪見子」「新しい人。キリストが今現れたらどうなるか@恭助」「逆立ちをしたキリスト@ポール」「あんた日本でへ死ににきなさったとかいね@郁子刀自」
 ポールの体験は巨大すぎて(数十万の人の死に関与。しかし死体をみていない)、答えを出しようがない。アラスカの極寒地での孤独な暮らしも悟りを開くまでにはいかない。もう生を生として受け入れらない、生が絶対的な課題になった人。まことに、大衆社会とか消費社会とかになり、あるいは講和条約以後のアメリカの占領政策が継続し従属国となっている国家では、ポールの問いと存在を受けいれるのが誠に困難になっているのだ。出家の人々がポールをもてあましてしまうのは、この国が国の存在基盤を疑うような存在を抱えられないことを表しているかのようだ。その一例が、広島の被爆者を訪問したビルマのエリート青年の観察。すなわち、広島の被爆者はマスコミや海外の人々の前に現れるのを嫌い、かまうなと言って、極貧を甘受しているかのように、アウトカーストになっているかのようにみえる。ビルマの青年は被爆者の異様さに奇異を感じるが、この国が一貫して被爆者を冷遇してきた(というか棄民として扱ってきた)ことを思えば、被差別者としての被爆者が浮かび上がるに違いない。被爆者である河北華子(子供を出産した若者)も、戦後復興した長崎をみて、歴史から切断されていると感じる。志村のようにこの国は、1945年以前の出来事のうち、責任を果たすべき悪事や犯罪を忘却するようにしむけ、事実や証拠を隠滅し、証人を存在しないかのように扱っている(本書には現れないが、講和条約で国籍をはく奪された在日コリアンもそうなのだ)。
 自身も戦争犯罪者である恭助にポールは尋ねる。「私は人を殺したのか」。恭助は「君は自分で発見するだろうよ」と突き放す。というのは、恭助自身もまた自らの悪や罪を整理しかねているからであって、生が絶対的な課題になった人になっているから。なので「神や仏などない」時代と場所にあって「誰が審判者になのか」と問うしかない。ここらの認識は読者にも苦しい。
(ふたりの「阿保天使、バカ天使」はおよそ社会性をもっていないし、コミュニケーションも苦手であるのだが、一方で性においては活動的である。ただ、そのパートナーは必ずしも万人が称賛するような相手ではなく、恭助はいとこの唐見子と、ポールはスキャンダラスな女優の雪見子と関係している。ここでも性は絶対的な課題になっているといえるか。)
 ポールは、経師屋の志村が表装していた河北画伯の長崎デッサンをみて、悲鳴をあげる(その大量のデッサンやスケッチは、鴨長明「方丈記」にでてくる京都の餓死者に梵字を書いて数を数えた坊主を連想させる。「方丈記私記」)。そしてナイフを買う。以後、ずっと持ち歩く。その危険さを見抜いたのは郁子刀自くらいであり、老婆の予言は重い。
 ほかにも、信也と弓子夫婦の俗物も、吉備彦の戦後派青年も、それぞれが変わっているのであるが、この感想では割愛。ポールの支援者になれそうな唐見子は、やつれた雪見子を放って自分のほうにやってくるポールを平手打ちする。
 第2部で出家の人々はワルツを踊っていたが、第3部ではだれもが家にいないで、それぞれがしたいように動き回る。その急速なテンポはタランテラ(テンポの速い舞踏曲)を見ているよう。

 ポールやモートン夫人らの接待で、出家の人々は都内や近郊と家を頻繁に往来する。そのために家にいないわけであるが、彼らが歩き見聞きするのは昭和35年前後の東京。そこにある風景は、このあとの経済成長やバブル経済や長期停滞できえてしまったものだ。当然ながら高速道路もコンビニもない。テレビを持ち電話が引かれているのは資産家か高給取りだけ。登場人物は気軽にタクシーを使うが、これは比較的安かったからである(このころ来日したプロレスラーのデストロイヤーは1ドル=360円で都内どこにでもいけたと述懐してる)。また出産した20歳くらいの河北華子は同級生の吉備彦の前で胸をはだけ授乳するのをごく自然に行う。一方で、歓楽街のバーやキャバレーのサービスは現在とあまり変わらない。占領終了から数年後には保守派による民主主義否定の「逆コース」が始まっている。警察は学生のデモに暴力で応じる。野球用具などの皮革製品は被差別部落の住民が作っていて、下請けの工場はピンハネと値切り圧力によって長時間労働と低賃金を余儀なくされている。ABCC(原爆傷害調査委員会)は被曝を調査するが、被爆者医療を行わない。政府も被爆者を放置している。
 このような風俗を記録している。写真や動画では、詳細や機敏がわからないので、テキストによる記録は貴重。

 

  


2022/09/26 堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)第四部 1963年に続く