odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第二部

2022/09/30 堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第一部 1963年の続き


 長い序章をうけての第二部はワルツ。氷川丸に乗ってやってきたポール・リボートのために出(いで)家は歓迎パーティをすることになった。その準備から顛末から後始末までの2日間を書く。その間に、登場人物全員がてんやわんやの大騒ぎ。誰もひとところに落ち着くことができなくて、都内を走り回る。
 すなわち、信也が吉備彦をつれて迎えに行くが口論になって吉備彦に無免許運転させ、船中で知り合いになったリボートとモートン夫人はアメリカ人的な社交性がまったくなく出家の者をびっくりさせ、ホテルに送りとどけるとそこに雪見子とステラ(芸能人エージェント)がいて、花樹大臣がでてき、リボートの異様さに呆れたステラが吉備彦を平手で打ってはずみで花樹大臣が転んでしまう。九十九里の漁師の妻は子供をつれて吉備彦を頼って家出にくる。したがって吉備彦は夫に知らせに行かねばならず、月島・築地当たりの倉庫まで行かねばならない(そこで日ソの関係悪化で北洋漁業がダメになり、冷凍倉庫会社がアメリカの小麦粉を仕入れてパン会社に転業し自営のパン屋を壊滅させるという話を聞く)。帰れば、漁師の一家は出て行った女中の代わりになり、車庫の2階に間借りすることになり(郁子刀自の采配)、そこに1959年11月27日の国会前集会で警官の暴行を受けた吉備彦の同級生が飛び込んできて、吉備彦は入院の手配と付き添いをした上、さらに身重で陣痛の始まったその妻に知らせるという気の重いことを引き受ける。当初数名で始めるパーティであったのに、人数はその倍になって、料理人も出家のものも心痛が絶えない。そこに弓子のライバルともいえる高沢女官長が雪見子と吉備彦のスキャンダルを付けたに来て弓子をいらだたせ、信也の接待はリボートにもモートン夫人にも伝わらない。勝手に食事をとった恭助のもとに元上官の志村が訪る。恭助は、二回の部屋にこもって志村の行った中国戦線の強姦と殺人を糾弾する。志村は恭助を殺しにきたというがその場は帰っていった。眠れぬリボートは雪見子の部屋に深夜はいり、そのことに気付いた郁子刀自は厳しく批判。吉備彦は眠らぬまま大学に、鎌倉の入院・出産が同時に訪れた同級生の家を訪問し、その当主が日本画家であり、長崎で被爆体験をして娘を失っていて、出産した次女に障害が現れぬか心配している。画家は長崎の被爆体験を大量にスケッチしていて、それを志村(経師屋-きょうじや)に表装を依頼しており、恭助といっしょに志村を訪れたリボートは絵をみてしまう。
 大状況では、戦争で人を殺す体験をしたことについて。恭助は中国戦線の三光作戦、リボートは広島への原爆投下。それぞれの体験について反省や悔悟を示さない人もいるのに、彼らは個人的な体験として深く傷つき、社会性をなくしている。恭助は引きこもり、リボートはアラスカでひとりきりの越冬体験をしていて、孤独であろうとしたが、何からの意味付けや克服や癒しを得ることができない。執拗なフラッシュバックと他人の無関心にあう。結果として、体験を一般化できず、世界から追放されたように思い込み、忘れることとは別の方向で生きていこうをする。恭助もリボートもそのような「阿保天使」「バカ天使」としてふるまうしかない。
 ほかにも死に取りつかれた人には、モートン夫人(アメリカで殺人を起こしている)、日本画家親子がいる。アメリカの演習基地の周辺で漁業をするためにときに(ジョークで!)銃撃される九十九里の漁師や、全学連デモに加わって警官の暴力を受けた学生も加えられるかもしれない(当時の社会情勢からすると、日本国自体が中国で暴力とふるい、アメリカに暴力的に抑圧されているといえる)。
 このような暴力や死について小説では結論をだそうとしないで、苦しむ・痛みを覚えることを続け、物事をさまざまに考えることに徹する(「クツウ・クツウ」と口癖にした子供も登場)。答えをださず、謎を問いかける。
 リボートは守られなければならない、と恭助は考えるが、それが可能な人物を出家の中に見出すことができない。吉備彦が「化物屋敷」とよぶように、この家族は家にいたがらない。世代間ギャップであるとか、富裕であるがゆえの空虚さとかいろいろ説明ができそうであるが、ともあれ誰も家にいようとしない。なるほど敗戦後に経済復興の名目で男は仕事に励み、女も育児や仕事で家を留守にするようになった日本はそのように家のことをかまけることになったということか。金を出せば他人が掃除に洗濯に炊事をしてくれる。それぞれが自分の仕事や趣味にかまけることになって、生と死のことを考えなくなり、この世から追放された(と感じている)人が存在しないようにみている。あるいは、他人が自分より優れている、得をしていることに我慢ができなくて、落とそうとしているのか。そういう軽躁、妄動が歓迎パーティの随所に現れている。彼ら日本人のアクションは滑稽でばからしいのだが、その生活は日本人読者に地続きだ。笑いの先に、ウソ寒くなるような感じが残る。
 ただ、出家がまだまし(というのは家族がバラバラに崩壊してしまうようなカラマーゾフ家やブエンディーア家やデル・バージュ家との比較)と思えるのは、メイトリアークの郁子刀自の存在か。ほとんどの物事に動じず、漁師一家が闖入してもてきぱきと処理し、難聴であっても孫たちの動静をみていて的確に分析批判できて、その正しさに反論できない。そのうえ、1960年に90歳ということは1870年生まれのこの女性、明治政府の富国強兵や家長制度にあって、それにとらわれないリベラルや共和主義の考えの持ち主。なにしろ「ドン・キホーテ」を自分で翻訳した「頓喜翁物語」を子供らに読ませているくらいの学力もある。彼女(北国富山生まれ)が言うには、

「いまの日本の憲法はな、中江兆民先生や、名古屋の山口孤剣さんの『破帝国主義論」やら、黒岩涙香さんやら、幸徳伝次郎さんやらなにやらかんやらの、たんとたんとの明治のお人たちの、血やら汗やらいのちやらの苦労の、やっとかっとのことでみのったもんやがいね、おろそかに思うでないぞ、明治もんのわたしらにも、いまの憲法の方が教育勅語よりよっぽどありがたいがいね、気イ長うして読んでみられ、ありや明治の下積みのお人たちの苦労のたまものやがいね、ちうて吉備彦に言うても、ちよっこしもピンと来んらしかったがいね、ハハハ(P303)」

となる。これにはまいった。俺は日本国憲法自由民権運動大正デモクラシーから切断・分離したものと思い込んでいた。そうではない、と市民の運動の継続も見ないといけないわけね。
 この刀自に似た人物は作者の自伝的小説「若き日の詩人たちの肖像」にも登場している。おそらくモデルになった人物が身近にいたのだろう。「審判」に登場するほかのキャラクターよりも、リアルかつ親しみ・いとおしみをもって書かれているのはそのためではないか。こういう老婆にしか未来や癒しを感じられないというのは、「化物屋敷(@吉備彦)」になったこの国の不幸。

 

  

 

2022/09/27 堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)第三部 1963年に続く