odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ジョン・リア「レニングラードに死す」(河出文庫)

 初出の1986年はまだソ連があって、西側と対立。イデオロギーの対立は外交や軍事の対立にもなり、互いの秘密暴きにやっきになっていた。ときに敵対国を支持することに熱心なあまり、極秘情報を敵対国に流すことも起こる。そういう人が見つかると当然収監されるが、ときに脱走して相手国に亡命することもあった。東側は人の流入(観光を含む)を極端に制限していたので、彼らがどうしているかを調べることは容易ではない。そこで、一般人を装った人々が観光や留学目的で潜入し、調査を行う。
 イギリスからそのようなソ連に亡命した「スパイ」がいて、なんどもスパイ小説、エスピオナージュに書かれてきた(という)。スパイものはほとんど読んでいないので、既読のものはグレアム・グリーンヒューマン・ファクター」だけだけど。
 そこで、東西冷戦末期に書かれ、しかも舞台がレニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)のものを読む。

 1986年ころに50代、ということは昭和一桁生まれでWWIIにはかかわらなかった、が終戦後の冷戦期(1950年代)にファームと呼ばれる諜報組織にかかわっていた。今はロシア語の語学教師になって、ドストエフスキーなどを愛読。彼が元同僚に呼ばれて、レニングラード行きの研修ツアーに参加するよう要請。なにか悪いことが起きそうな予感がするというので。10人くらいの見知らぬ人たちといっしょにツアーに加わり、レニングラードの街を楽しむ。ドスト氏、プーシキンゴーゴリなど都市を書いた小説を思い出すことができるので。
 全体の半分はとても退屈。ツアーの人たちを監視し、ソ連の相手を観察するというのが繰り返される。事件らしい事件は起こらない。まあ、クリスティの「復讐の女神」「カリブ海の秘密」を読んでいると思いなせえ。あいにくこれがデビュー作の作家の筆なので、会話は退屈、人物の描き分けが不足で、読書は進まない。
 後半になると、いくつかの出来事が浮かび上がる。ひとつは、語り手がかかわったプロジェクトであぶりだされて、ソ連に亡命したイギリス人スパイの消息。もうひとつは、ソ連の反体制派物理学者の亡命した娘。ふたりともにアイデンティティクライシスにあって、なかなか自分は自分であるということができない。国家や家族、民族などとの関係が切れたと思っているから。彼らの浮遊する、落ち着かなさは、彼らのことばや行動に反映している。
 一方で、元エージェントの語学教師は国家や組織との関係があり、使命をもっているから、危機は訪れない。なので、盗聴などの行為をするのにためらいはない。ここら辺はイギリスの冒険小説の伝統を引っ張っている(アントニーホープゼンダ城の虜」、ウィリアム・モール「ハマースミスのうじ虫」あたり)。
 という感想はあとづけで、50代の男に20-30代の女性が近づいて、いい仲になるというのは、作者の欲望の表れだよなあと思っていたりで、物語に熱を持てなかった。結末もどういうメッセージなのかわからずしまい。