odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トーマス・マン「ワイマルのロッテ 上」(岩波文庫)-1 「不滅の愛人」にさせられたシャルロッテ、ゲーテに真意を問いただすことにする

 「ワイマールのロッテ(岩波文庫では「ワイマルのロッテ」)は1939年に発表。年譜を見ると、あのぶっとい「ヨセフとその兄弟(1933-1943)」の第3部を発表した後なので、ちょっとしたきばらしの作品だったらしい。マンの長編にしては短い。とはいえ上下二巻の大冊。訳者はワーグナーが「ニーベルングの指輪」4部作の途中で、「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルグマイスタージンガー」を作ったようなものと言ったが、事情がよくあっている。
 ドイツの事態は緊迫を迎え、作家自身も「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」1933年で国とトラブルを起こしていた(帰国できず、のちに市民権を剥奪)。ので、現在の問題には関心をもっているはずだが、小説の舞台は1816年のワイマール。執筆時からおよそ120年前の地方都市で、ホテルからほとんど外に出ない。とはいえマンのことだからどこかに現在と重なるような仕掛けをしているはずなので、注意深く読もう。
 背景にあるのは、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」。なので、事前にこの小説を読んでおこう(自分は「ワイマルのロッテ」を読む直前に読んだのだ)。主人公ウェルテルが何をし、何を考えたかを知っていることは必要。あわせてゲーテの他の作品のこともある程度調べておくとよさそう。自分はクラシック音楽のほうからちょくちょく名前を見ていたが参考になった(「ファウスト」、「エグモント」、モーツァルトシューベルトが書いた歌曲など)。
 しかし本書に登場するのは小説のキャラクターではない。題材のもとになったゲーテ自身の体験の関係者だ。なので焦点があてられるシャルロッテは実在のケストナー夫人。しかし「ウェルテル」はヨーロッパ中で大ベストセラーになり、ゲーテを語る際に必ず引用されるようになった。それにとどまらずあまりに読者が関心を寄せたために、モデルになった人物も質問攻めにあい、詮索される。シャルロッテは「不滅の愛人」にさせられ、死ぬまで解放されない。思いがけないことに平凡な女性が世界史に名を残すことになってしまった。なぜゲーテはあのようなことをしたのか、なぜ自分の切り抜き絵を手にしただけで満足したのか。質問したいことがたくさんある。過去を整理したい。そこでシャルロッテは44年ぶりに会うことを決意したのである。

  


第1章 ・・・ 1816年9月22日、ワイマールに母(63歳)、娘(30歳前)、小間使いが馬車で到着し、宿屋を借りる。母はシャルロッテケストナー宮中顧問官夫人で、44年前にかのゲーテが恋した女性であった。同じころ、仕事の不満と人妻への恋慕で若者が自殺した事件があり、ゲーテは自分の体験を加えて「若きウェルテルの悩み」を書いた。多くの人はシャルロッテが小説のモデルであることを知っていて、ときにぶしつけな質問をしたりする。そういうのはうまくかわし、白服とピンクのリボン(という「若きウェルテルの悩み」のロッテの服)を用意して、44年ぶりにゲーテに会おうとする。

第2章 ・・・ シャルロッテはしばし昼寝(18世紀の63歳は21世紀先進国の63歳とは異なる)。夢の中でゲーテケストナー(夫)と過ごした日々を思い出す。きつい娘のロッテは、自分が味わったような甘美なときめきを経験することはないだろうと嘆息もする。シャルロッテは小説と現実をごっちゃにして(たとえばアルベルトとケストナー)、いずれもあったことのように思う。イギリス人ミス・カズルがやってきて、いきなりスケッチを始める。各国の政治家、著名人に面会して人物スケッチと文章を作って、売っている人のよう。そこにドクトル・リーマーがやってくる。
シャルロッテの部屋にどんどん人がやってくる。舞台劇でよくある手法。これから混沌してくるという期待がわく。)

第3章 ・・・ ドクトル・リーマーは、ワイマールの大学の学者でかつてはゲーテの助手をしていた。別の大学からよい話が来たが、ゲーテから離れるのが忍び難く断った(ハイデガーへのあてこすりかなあ)。ゲーテの壮年時代に9年間いっしょにいて原稿を整理したい、手紙を書いたり、詩を読み合ったりしてきた。凡庸なリーマーはゲーテをお手本としてしか見れないので、ゲーテには敬意・尊敬をもっていて、考え方もゲーテを模倣する。ゲーテは人格が完成された天才であって、神性と悪魔性が接近した唯一の人。神性は精神であり、悪魔性は自然であって、その統合がなされた稀有な人なのだ。でもこの頃は老いたせいか、不安に陥るようになっている。
(小説では二時間ほどしかたっていないようだが、朗読すると10時間くらいかかりそうな長広舌をリーマーは披露。読むこちらは疲労。)


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2023/04/22 トーマス・マン「ワイマルのロッテ 上」(岩波文庫)-2 1816年ナポレオンを支持する老ゲーテはドイツ精神の裏切り者と目される 1939年に続く