odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-2 第1幕第2幕 異教の少女が無理やり結婚させられ、危篤の親友に会いたい少年は城からでられない。

 「まいにちフランス語 応用編 オペラで学ぶ「ペレアスとメリザンド」を読む」が2021~22年にNHKで放送された。講師は川竹英克さんとジョジアーヌ・ピノンさんの二人のフランス文学者。講師によるとメーテルランクの原文はわかりやすい簡単なフランス語で書かれているそう。とはいっても語学練習には自分には敷居が高いので、この戯曲の解釈を学びます。大学のゼミ並みの内容を無償できけるという僥倖。
(なお、メーテルランクはベルギーの人。フランス語で作品を書いたので、「フランス文学」カテゴリーに入るが、フランス人(に限らず周辺諸国)からは差別されていた。)
 そこで、放送を聞きなおしながら、戯曲を読んでいく。「によると」以下のメモはジョジアーヌ・ピノンさんの解説。 そのあとの()は俺の感想。

〈第1幕〉
※ ドビュッシーが採用しなかった第1場では門番・女中たちが固く軋んだ開かずの門を開け、敷居の染みを大量の水で洗い流そうとする(しかしなかなか取れない)。第三者から見たこの劇の終わりを告げる場面。
(第1場)初老のゴローが狩の途中で道に迷い、泉のほとりで少女メリザンドを見つける。泉に金の冠を落としたことを嘆いているだけ。ゴローとの接触も、会話も嫌がる。
第1回によると、冒頭ゴローの「この森はもう抜けられないかもしれない」「このおれが,道に迷っている恰好だ」のセリフは劇全体を象徴する。
同2回によると、解説者(フランス語話者)は、メリザンドとゴローが出あう森は神秘的・官能的で聖なる場所(サンクチュアリ)であるとのこと。(サンクチュアリの聖性に男は鈍感。勝手に聖なるものを破壊する)
同3回によると、メリザンドという名前から中世伝説の「メリジーヌ(水の精)」を連想する。(そこからフーケー「水妖記」1811年との類似を見る人は多数。)
同4回によると、ゴローが「少しも目を閉じないのですか」と尋ねたのは、メリザンドが誰かに追いかけられているという警戒心を解かないためか、魚のように目を閉じないから。(第4幕第2場で、ゴローは執拗にメリザンドの目を気にする。この時の目の印象がのちのメリザンドへの折檻につながる。)
<追記2023/3/17> オペラ・ファンタスティカ(2021/9/17放送)の有田栄の解説をメモ。
ペレアス」の名はアーサー王に仕えるサー・ペレアスを想起させる。
複数の人が口にする「触れないで」「触れるな」は、復活したイエスマグダラのマリアに言った「わたしに触れるな」を想起させる。

(第2場)半年後、メリザンドと結婚したので城に戻る(代わりにアルケルが手配した縁組は破棄する)ので許しを得たいという手紙をゴローはペレアスに送る。それを読んだ父アルケルとジュヌヴィエーブは承諾する。ペレアスは友の見舞いに行きたいがアルケルに拒否される。
同5回によると、メリザンドが「さわらないで」と他人に触れられるのを拒否するのは、過去に虐待やいじめをうけていたからかもしれない。(森がサンクチュアリであるのは、虐待やいじめを受けたものが逃げ込み、俗世のものはそこには入れないからだろう。聖性に鈍感なゴローは掟を無視して森に入り、虐待やいじめを行う。)
同6回によると、ゴローが口にするウルスラ姫は中世伝説の聖人。異教徒と結婚したが、ローマによって殺された。
第7回によると、アルケルは目が見えないが逆説的に運命や未来がよく見える。他のキャラはその逆。ゴローも第1場であたりが見えないというが、それは「恋は盲目」だから、かも。

(第3場)ジュヌヴィエーブがメリザンドと夕暮れの海をメリザンドを乗せてきた船が出航するのをみる。やってきたペレアスは嵐で難破するだろうと予言する。ペレアスは明日旅に出ると告げる。
ペレアスはゴローの異父兄弟。互いの父がだれであるかは明らかにされない。ゴローとペレアスは年が離れすぎているので、喧嘩やいさかいは起こらないが、ペレアスの父は城で病床に伏して母ジュヌヴィエーブが看病しているので(第4幕第1場)、兄ゴローは弟ペレアスに嫉妬を感じていそう。かつペレアスの父が存命でっ母ジュヌヴィエーブがつききりでいることも嫉妬の理由になりそう。)
同8回によると、アルケル王のアルモンド王国はどこにあるか? 地中海側ではなく、ブルゴーニュかベルギーか。もしかしたらフランス語が話されていた時代のイギリスかも。(メリザンドのような異教の人と接触する可能性があるのは、キリスト教化が遅れた地域だ。そうすると俺はさらに妄想してケルト神話の影響なんかを見たくなってしまう。)
同9回によると、難船するかもしれない船が出航するのを見送るのは、ペレアスとメリザンドの恋の航海を暗示しているかも。
同10回によると、メーテルランクは「ペレアスとメリザンド」で有名になり、「青い鳥」でノーベル賞を受賞した。「青い鳥」のほうが禅にちかいのじゃない?、とのこと。(たしかに日本では「青い鳥」はとても有名だが、「ペレアスとメリザンド」はほとんど無名で、ドビュッシーのオペラで知った人のほうが多いだろう。)

 

〈第2幕〉
(第1場)かつて奇跡の泉と呼ばれたがアルケルが盲目になってからは誰も来なくなった外苑の泉。異常なほど静かな泉のほとりでメリザンドはゴローと出会った時のことを思い出す(フランスでは「抱く」と「キスする」は同じ行為なのだって)。水と戯れ、ペレアスが注意したがゴローとの婚約の指輪を泉に落としてしまう。そのとき正午の鐘が鳴る。
同11回によると、ドビュッシーは感性と明晰さと新鮮さに満ち溢れた成熟した大人の天才。(でも逸話や文章をみると、子供っぽい。両方の特徴をもっている大人子供(チャイルディッシュ)なのだと思う。)
同12回によると、古来から髪は超自然的な力の象徴になっていた。メリザンドの長い髪もそうかも。(メリザンドという人格を愛するのではなく、髪の毛にフェティシズムを感じるペレアスは未成熟な子供なのだよなあ。)
同13回によると、指輪は結婚の絆の象徴。(それをもてあそぶのをペレアスに見せつけるのはメリザンドによるメッセージがこめられていそうだが、ペレアスは外に出たいことが大事で上の空になっていて気づかない。)
同14回によると、泉に落としてから指輪を呼ぶ言葉が変わる。アノーanneauには結婚指輪のような高貴なイメージがあるが、bagueは一般的な用語。ゴローとメリザンドの結婚も世俗的になったのかも。

(第2場)正午の鐘が鳴った時ゴローは落馬して負傷していた。介抱するメリザンドはこの城では生きていけないので、いっしょに外に出たいと訴える。メリザンドが指輪のつけていないことを詰問すると、メリザンドは海辺の洞窟で落としたとうそをいう(他人事のようないいかたなんだそう)。ゴローはペレアスといっしょに探せと命じる(ペレアスへの疑惑と嫉妬が沸き上がる)。
同16回によると、メリザンドは夫ゴローを二人称vous(ヴ)と呼び、ゴローはメリザンドをtu(テュ)と呼ぶ。これは古い習慣。1968年革命以降は、親しい関係ではtu(テュ)と呼び合うとのこと。またメリザンドはゴローをMonsieu(ムッシュ)、ご主人、閣下と呼ぶが、これも中世の習慣。
同17回によると、メリザンドはどんな病気か。恋煩い? ずっとメリザンドは居心地が悪い。ホームシックかもしれないが、どこに故郷があるかはわからない。(そこからもメリザンド=「メリジーヌ(水の精)」の連想を強化するよね。)
同18回によると、メリザンドはなぜ泣いているか。純粋で無垢な心には当然なこと、この世はあまりに暴力的で、特に女性にはそうなのだ(でも暴力的なのは夫ゴローだけで、ペレアスとアルケルの男がゴローの暴力に無関心・無関係を決め込むから、女性が泣いてしまうのだよね)。空が見えないからふさぎ込んでいると訴えても(もちろんそれだけではない)、ゴローはそれだけのことかとあしらう。
同19回によると、「洞窟」からプラトンの洞窟を連想する。洞窟は神によって閉じ込められた人間世界の象徴で、無知・苦しみの場。フランスの高校で哲学を学ぶと、以上を連想するのは自然。
プラトンの)洞窟の比喩

ja.wikipedia.org

(第3場)夜闇の中をペレアスとメリザンドが洞窟にいく。松明もカンテラも持ってこなかったので、二人とも危険を感じる。月の光が差し込むと、3人の乞食がいたので、二人は慌てて洞窟を出る。
同21回によると、メリザンドの手が示していることは重要。触れたがったり、触れなかったり。触れられるのを拒否したり(舞台では彼女はあまり動かないで(何しろ泣いてばかり)、手で表現することが大事なのだろうな。またメリザンドの手の動きに、ゴローとペレアスは反応しないといけない)。

 

 

 戯曲の第2幕第4場と第3幕第1場をドビュッシーは割愛した。
(第4場)友人の見舞いに行きたいペレアスをアルケルが引き止める。飢饉だから、友人はもう死んでしまったから・・・。やがて起きるはずのことが明らかになるまで待て。いつまでかと尋ねると、数週間あるいは数日。
〈第3幕第1場〉今日はゴローは城にはいないので糸車を回すメリザンドの横にペレアスが座っている。ゴローの先妻の子イニョルドが来て、メリザンドが行ってしまうと泣く。猟犬が白鳥を追いかけているのが聞こえ、ゴローが中庭にいるのをイニョルドがみつける。ゴローが3人のいる部屋に入ってくる。ランプをかざすをペレアスもメリザンドも泣いていた。
 ここが削除された理由は村山則子「メーテルランクとドビュッシー」(作品社)が検討している。なるほど、読み直してみればこの二つの場面は理詰めな説明が多くて、劇やオペラ全体の夢幻風な雰囲気にはそぐわない。

 ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」をいろいろ聞いてきたので、推薦盤をメモ。まずはモノラル録音。
1.ロジェ・デゾルミエール指揮パリ音楽院管弦楽団1941年録音
2.エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団1952年録音

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3.ジャン・フルネ指揮コンセール・ラムルー管弦楽団1953年録音

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 この3つはどれもよい。どれもフランス語の発音と発声がみごと。言葉を聞く楽しみ。
 もっとふるい抜粋や断片もあるが歴史的価値を楽しむ好事家向け。

 

2023/09/04 メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-3 第3幕第4幕(続く) 父親不明で懐妊させられたメリザンドと城から出たいのに許されないペレアスは分裂にさいなまれ、大人にいじめられる 1893年に続く