odd_hatchの読書ノート

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メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-3 第3幕第4幕(続く) 父親不明で懐妊させられたメリザンドと城から出たいのに許されないペレアスは分裂にさいなまれ、大人にいじめられる

2023/09/05 メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-2 第1幕第2幕 異教の少女が無理やり結婚させら、危篤の親友に会いたい少年は城からでられない。 1893年の続き

 

 どうしてもワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を想起してしまうので、気づかなかったが、ペレアスとメリザンドはとてもとても若いカップルだった。むしろ少年少女といってもいい。たとえば映画「小さな恋のメロディ」の主人公カップルみたいな。この少年少女は大人の保護が必要なのに、その機会を得られなかった。
 10年前の前回の読みでは、この二人は分裂していて、そのために行動に矛盾があり、統一されていないことに注目した。年齢を考慮すると、二人とも子供であって、親や大人にあたるゴローとアルケルから「しろ/するな」を同時に命令されていて、行動できないダブルバインド状況に置かれていることがわかる。彼らの不安定は大人による過干渉とネグレクトが原因なのだ。
 引き続き、「まいにちフランス語 応用編 オペラで学ぶ「ペレアスとメリザンド」を読む」の解説をメモにします。

〈第3幕〉
(第1場)夜、高い塔の窓辺でメリザンドが髪をくしけずっているとペレアスが明日出発すると伝えに来た。メリザンドは手を指しべようとする(触られるのを嫌う彼女が心変わり)が届かない。長い髪がほどけて、ペレアスを包み込んでしまう。陶酔するペレアス。髪が柳の枝にからまる。メリザンドが飼っている白鳩が飛びまわり逃げてしまう。そこにゴローが来て二人を見つける。まるで子供だ、とゴローは大声で笑う。
(このシーンではペレアスの「愛」はフェティッシュでメリザンドとの交通・交流ではないのと、それでいて「君は僕の囚われ人」と拘束したがることに注目。肉体の愛と性を望むトリスタンとイゾルデとは逆向き。)
第22回によると、メリザンドの歌でキリスト教の聖人が列挙される(ドビュッシーはオペラでは削除した戯曲の第3幕第1場にあったのを移した。代わりにもと合った三人の盲目の姉妹の詩を割愛)。聖人は守護神であるとのことで、さまざまな事物に聖人の名前がついている(フランスではは人口の9割以上がカソリック)。
同23回によると、髪をほどくメリザンドからマグダラのマリア(正確には名無しの「罪深い女」。長年の間に二人は混同されるようになった)を連想するとのこと。マグダラのマリアも長い髪をもっていて、原罪の象徴であり、イエスに許される存在。メリザンドの髪にペレアスが顔をうずめるシーンは官能的である。
 マグダラのマリアと罪深い女については以下が詳しい。
弓削達「ローマ 世界の都市の物語」(文春文庫)
同24回によると、19世紀の女性は長い髪をしていたが、普段は帽子をかぶって隠していた。髪を見せるのは夫だけ。(髪は呪術的な象徴であり、家父長制での支配を示すもの。女性が長い髪を隠すのは同時代のロシアでも同じ。「罪と罰」の高利貸しアリョーナは髪をほどいているところをラスコーリニコフに殺された。)
江川卓「謎解き「罪と罰」」(新潮社)
同25回によると、フランス語で鳩はpigeonが一般的だが、ここではcolombe。後者は純潔や平和の意味で使われる詩的な言葉。

(第2場)ペレアスとゴローは城の地下室に行き、よどんだ死臭のする水が溜まっている。二人はよろけて落ちそうになる。
(ゴローの嫉妬が殺意になりつつあるのがわかる。死の臭いがゴローを変え、ペレアスを不安にする。)
同26回によると、第3幕第2場の地下の洞窟からパリオペラ座ガルニエ宮の地下貯水池(1862年工事)を連想する。地下貯水池はルルー「オペラ座の怪人」1909年でも登場。

(第3場)地下室からあがったゴローとペレアスが出口のテラスでくつろぐ。ゴローはメリザンドが懐妊したことをつたえ、昨晩のようなことは知っているからメリザンドに近づくなと警告する。正午の鐘が聞こえ、遠くでと殺場に送られる羊の群れが見える。
(前の幕で正午の鐘が鳴ったときに、メリザンドは指輪を泉でなくし、ゴローは落馬して負傷する。不吉の象徴。)
同27回によると、この場でメリザンドが懐妊したことがわかる。父親は不明。ペレアス?あるいは精霊?(その問いの背後にはゴローが不能である可能性が隠されている。)

(第4場)ゴローはイニョルドを呼び出してペレアスとメリザンドのことを聞き出そうとする。大人の質問に子どもの答えを返すので、ゴローはいらだつ。イニョルドを肩車してメリザンドの部屋をのぞかせるが、二人が灯を見つめながら泣いているのを見て怯える。
同28回によると、イニョルドはゴローに「petit」をつけて呼ぶが、フランスでは愛称で他人を呼ぶのはよくあること。
同29回によると、イニョルドは純潔な子供。ゴローは大人とみなし(箙と矢を与えようとする)、大人の証人にさせようとする。
同30回によると、ゴローは二人がどのようにキスしたかを気にする。二人はいつも悲しがって泣いているとイニョルドが答えたから、恋人である証拠をつかめないので(妻の不倫であれば、ゴローには罪がなくなる。なので証拠を必要としているのだ)。
同31回によると、初演時からゴローが息子イニョルドにのぞき見させるのは不道徳であるという批判があった。青年がのぞき見するフランス語の小説、アンリ・バルビュス「地獄」(岩波文庫)は1908年。

 

〈第4幕〉
(第1場)病床の父を見舞ったペレアスは、もう長く生きていかれないような人間の表情をしている」といわれ、城を出て旅に行くよう勧められる。明朝出立するので、今晩会いたいとメリザンドに懇願する。盲目の泉ではといわれる。遠くに行くからもう会えない。嫌がるメリザンド。それを誰かが聞いている。
同32回によると、ペレアスの父がだれかはわからないが、不在であることでかえって存在感が増している。
同33回によると、ペレアスの父の病気はなにかわからない。(よくもまあアルケルやゴローはペレアスの父を放逐しないものだ。)

(第2場)アルケルは、ペレアスの父が助かったのを喜び、メリザンドが子供のように明るかったのが城に入ってから暗くふさぎ込んでばかりなのに同情する。ゴローが入ってきて海岸で農夫があてつけるように餓死しているを見つけ激怒する。メリザンドの目を見ているうちに隠し事をしていると思いさらに激高し、メリザンドを折檻する。(農夫、乞食、子羊など劇にでてきたものをゴローは口にする。予兆だった象徴がゴローの中で現実になっている。)
同34回によると、フランスではスキンシップは重要。ここでゴローがメリザンドに触れるのを拒絶するのは異常な状態になっている。(そういえば、メリザンドは、ゴローに対しては触れないで→触れて→触れないで、ペレアスに対しては触れないで→触れてと変わる。)
同35回によると、ゴローはメリザンドの目にこだわる。ゴローが真実を見るのを恐れているから。心の真実はしばしば目に現れるというのを想起させる。
同35回によると、これまでメリザンドの手は結婚・幸福の象徴だったが、疑いの象徴になり、この場(折檻シーン)では不義に対する怒りの象徴になっている。(指輪がないことがシンボルの意味を変える。)

 

 

 ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」の推薦版ステレオ編。これはむずかしい。
1.デジレ=エミール・アンゲルブレシュト指揮フランス国立放送管弦楽団1962年録音
2.セルジュ・ボド指揮リオン管弦楽団1978年録音
3.シャルル・デュトワ指揮モントリオール管弦楽団1990年録音
 フランス語の発音や発声、フランス音楽の明晰だがふわふわした響きが聞ける。世評の高いカラヤン指揮ベルリンフィル盤やアバド指揮ウィーンフィル盤、ブレーズ指揮ウェールズナショナルオペラ盤は取らない。指揮も歌手も「ローエングリン」をやっているかのようなクーベリック指揮バイエルン放送響盤ほど突き抜けたほうが記憶に残る。有名オケやオペラハウスが録音したものより、フランスの地方オケがフランス語話者で上演したもののほうが満足する。
 ステレオ盤はどれも不満が残るのだが、フランソワ・クサヴィエ=ロト指揮レ・シエクルの2021年録音盤でほぼ解消しました。今のところの最高演奏です。

    

 

2023/09/01 メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-4 第4幕(承前)第5幕 大人に反抗しないように躾けられた少女と少年はいないものにさせられる。 1893年に続く