odd_hatchの読書ノート

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ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ I」(集英社文庫)7.8 文体パロディの始まり。内面描写よりも言葉遊びに関心が移る。

2023/10/24 ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ I」(集英社文庫)4.5.6 第2部は中年ユダヤ人ブルームの凡庸な一日。 1922年の続き



7.アイオロス
 正午。スティーブンは頼まれた原稿を編集者に渡すために、ブルームは広告の出稿の打ち合わせで同じビルに向かう。ブルームは打ち合わせのあと印刷所にいったあとにスティーブンが編集室に入ってくるので、あいにくすれ違ってしまうが。そこに葬儀を終えたサイモン・ディーダラスやマクヒュー教授やオモロイなどがやってきて、ギリシャ神話や旧約聖書などを引用して談論風発。スティーブンが居酒屋に行こうといいだし、みながでていく。
 書き方が変わる。これまではスティーブンの内面に寄り添った小説風な文体か、ブルームの連想をそのまま書きつける文体だったのを、ここでは広告記事みたいにする。その節のテーマらしいことを見出しやキャッチコピーにし、そのあとに短い文章が続く。たぶんこれまでのような三人称一視点ではなく、全部を鳥瞰する視点になったのではないか。と思いながら読んでいくと、スティーブンが登場すると、こんどはスティーブンに寄り添った文体になっていて、しかし二人とも編集室にいないときには三人称になっていて、・・・。いやあ視点の移動が頻繁に起こり、だれが何を見ているのか聞いているのかがよくわからなくなる。それがこの章の技術なのかしら。
 途中に「ダブリンの人々」という語がある。原文は短編集のタイトルと同じ「Dubliners」(訳注にもそう書いてある)。新潮文庫の訳者・柳瀬尚紀の解説を読むと、ジョイスは「Dubliners」にこだわって、珍しい言葉を採用したという。それに引っ張られたので、おれも「ユリシーズ」のこの部分は「ダブリナーズ」があっていると思った。

 

8.ライストリュゴネス族
 新聞社を出てから図書館にいくまでの一時間ほどのブルームの足どりと意識。葬儀と仕事の緊張感がきれたせいか、想念はいっそうとりとめなくなり、見たものや口にした/していない言葉から連想をどんどん転がして、さまざまに揺れ動く。ああ、俺の想念を言葉にしたら、こんなふうにとりとめのない意味不明な言葉の羅列になるのだろうなあ。記憶に残るのは言葉とイメージの断片なので、後から思い返して意味の流れに理屈をつけて、自分はこんなに論理的に合理的に考えているのだと自分を納得させてしまうのだろう。
 この時間のブルームの想念はおもに性と食。途中で昔付き合っていた女性(今は人妻)と出会って、過去のことを思いだしたり、現在の妻であるモリーとのキスを思いだしたり。同時にモリーが付き合っているらしい男のことも忘れず、図書館前でその男と出会いそうになったので、また隠れたり。それから食事のことも。どこで何を食べるかを慎重に検討するし、そのうえ消化不良なのかガスがおなかにたまっているうえ、ワインを呑んでほろ酔い気分になるし(昼時からジンを飲む人もいたりする)。この体調はたぶんこのあとのブルームの行動と文体に関係してくる(はず)。
 ブルームの前にさまざまな人物がやってきては話しかけ、一緒に酒を飲んだりする。その人物は一切説明がなくて、たんに会話と行動だけが書かれるので、いったい誰でどんな人物なのか読者は困惑する。そこで脚注を読むと、「ダブリナーズ」「若い芸術家の肖像」に登場していた人物であったりする。おそらく短編や前の長編を見ても、その人物の経歴や行動性向などは書かれていなくて、単に会話と行動が記録されているだけだろう。こういう具合にジョイスの小説はつながっていて、群のようになっている(というわけで「ユリシーズ」だけ読めばOKと済ますわけにはいかない)。

 

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 「ユリシーズ II」の解説で、三浦雅士が「ユリシーズはマンガやアニメに近い」といっている。なるほど人間の書き方は、小説よりもそっちに近いな。一人称視点で「ユリシーズ」をマンガ化すると、ブルームやスティーブンの想念はすらすら「わかる」に違いない。
 と妄想したら、すでにありました。

 

 

2023/10/20 ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ II」(集英社文庫)9.10 「ガス状脊椎動物」はヘッケルの引用。補注の付いていないところにも隠しごとはあるよ。 1922年に続く