odd_hatchの読書ノート

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トーマス・マン「ファウスト博士 上」(岩波文庫)-2サマリー

2023/04/18 トーマス・マン「ファウスト博士 上」(岩波文庫)-1 全体主義ドイツの告発とドイツ精神の擁護 1947年の続き

 

一友人の物語る、ドイツの作曲家アドリアン・レーヴェルキューンの生涯(1885-1940)

第1章 はじめに。自己紹介とアドリアンについて。(アドリアン・レーヴェルキューンの代表作である)シェイクスピアの喜劇《恋の骨折損》の歌劇の台本は、もとはといえば「私」から出ている。怪奇なオペラ組曲《ローマ人事跡》とオラトリオ《神学者ヨハネの黙示録》でも協力した。

第2章 ゼレヌス・ツァイトプローム(1943年に60歳なので、1883年生まれ)の自己紹介。カトリック。妻と二人の息子(ナチス入党)、二人の娘。ギムナジウムの人文学の講師。レーヴェルキューンはルター派

第3章 ザクセン州育ちのレーヴェルキューン一家の歴史。父親ヨナタンは宗教心が厚く、自然観察が大好き。自宅に実験設備を持つ。語り手とアドリアンはいっしょに顕微鏡をのぞく。
(1890年代のドイツの中産階級の生活。博物学趣味、自然哲学好き、宗教的喜悦をもつひとたちだ。)

第4章 母親エルスベト、兄ゲオルク、妹ウルスラアドリアンもいっしょになって合唱(カノン)する。

第5章 アドリアンは幼少時から知的。8歳から家庭教師がつき、10歳にギムナジウムに進学する。
(書かれているのは1943年。WW2の戦況が膠着しているころ。書き手はドイツの敗北を予測し、戦争においやった政権を憎んでいる。あいにくトーマス・マンはこのころアメリカ在住で銃後の暮らしをしていない。)

第6章 二人の故郷カイゼルスアッシェルンについて。中世からの都市で、19世紀に工業化された。
(語り手は、現在故郷が破壊されつつあること、現政権が破壊の道筋をつけたことに憤り、故郷の過去が無くなることを諦念を持って悲しんでいる。)

第7章 二人は同じギムナジウムに進学。語り手は特に主張したいことはないが秀才。アドリアン(16歳)はどの分野でも主席。特に傾倒したのが数学と音楽。古いハルモニウムを勝手にいじっては和声と転調を楽しむ。
アドリアンの伯父が楽器製造兼レンタル店を経営していて、最新のものから古いものまで膨大なコレクション兼貸出用品をもっていた。1890年代にはJ.S.バッハ以前の作品演奏では古楽器を使うようになっていたようだ。その楽器置き場に入り込むことは二人の楽しみ。あいにく訳者は古楽器の知識を十分に持っていないようで、誤訳がけっこうありそう。)

第8章 アドリアン(17歳)の様子を見た叔父は、彼に音楽の家庭教師をつける。この教師は町で講演とピアノ演奏を行った。アドリアンと語り手はとても影響される。
(講演は、ベートーヴェンピアノソナタ32番、ベートーヴェンのフーガ、アメリカの新宗教で行われた法則に基づく作曲熱など。アドリアンは音楽の法則・形式化に惹かれる。ドイツでは音楽は哲学であり、宗教的情熱を傾けるものであるのがわかる。)

第9章 ギムナジウムと家庭教師による教育の様子。ロレンス・スターンとシェイクスピアを読み、ドイツ音楽史を学ぶ。時に近くの町に遠征してオペラやオラトリオを聞きに行く。
(ドイツ音楽の勉強は、パウル・ベッカー「西洋音楽史」(新潮文庫)に準拠した内容。)

第10章 アドリアン(18歳)はギムナジウム最後の年に必修ではないヘブライ語を学び、神学部に進学すると宣言する。語り手はカソリックで、アドリアンルター派プロテスタント
(語り手とアドリアンは哲学は学術の女王であるという。「哲学は学術を概観し、精神的にまとめ、あらゆる研究領域の成果を整理し醇化して、世界像に、人生の意義を解明する支配的、決定的な綜合に、宇宙における人間の位置の観照的規定に、仕上げる。」 ドイツ教養主義の端的なまとめ。)

第11章 語り手は古典人文学と歴史の勉強のためにハレ大学に進学し、遅れてアドリアンは同じ町のヴィッテンベルグ大学に入学した。ハレはプロテスタントの町。そこで勉強する神学は、理性と妥協したために揺らいでいる古臭いもののようにみえた。

第12章 学生生活。「たこべや」という狭い学生下宿に住み(「メランコリア」の魔法陣が壁にはってある)、さまざまな講義に出席する。ときには教授の自宅を訪問したり。
(娯楽のない当時の学生生活では教授の雄弁を聞くことは楽しみであった。本書では講義や学問の話が多々出てくるが、ドイツの教養を知らしめるためであり、読者を知的に刺激する。)

第13章 シュレップフースという奇妙な教授のデモノロジー悪魔学)。

「神は人間と天使に自由を与えずにおくよりはむしろ、彼らを罪の危険にさらしたのであるから、(略)自由は、生れながらの無罪の反対であり、自由とは、自分の意志によって神に忠誠を守ること」

(後半に、愛するがゆえに不能になった男がいて、そのことを懺悔したら、司祭は女性を異端審問所に引き立てる。もちろん火刑になるのであって、その様子を見ていた男は不能でなくなる。この話はのちにアドリアンが淫売所にいったことにつながる。)

第14章 神学生の学生組合の様子。なじみの酒場で議論し、アドリアンのピアノにちゃちゃをいれ、遠足(ワンダーフォーゲル)に出かける。深夜学生は議論する。青春とは、民族とは、国家とは・・・。国家は民族に先立ってあり、その危機にあって道は民族主義社会主義しかない。そこにおいてドイツとは・・・。

「ロシア人には」とドイツチュリーンが格言風に言った。「深さはあるが、形式がない。西欧人には、形式はあるが、深さがない。二つをあわせ持っているのはわれわれドイツ人だけだ」

(1904年のできごとであるが、執筆当時の情勢に対する批判である。民族主義ナチス社会主義=ボルシェヴィズム。いずれかしかないと思い込んだドイツの学生(日本の戦前の学生もそうだったが)。)

第15章 アドリアン19歳は、神学をやめ音楽に進むことを決意。世界の無意味さを考えると滑稽に思え、神学に向かったがそこにも滑稽しかない。いや

「芸術のほとんどすべての、いや、すべての手段と因襲とが、今日ではもはやパロディにしか役立たないように思われずにいない」

 しかし自分にできるのは音楽のみ。それも演奏家や指揮者ではなく作曲者としてしかありえない(人前に出るのが億劫なほどの内気と気難しさ。偏頭痛と虚弱体質で兵役を免除されていたので、1905年にライプチヒ大学に転学する。
(音楽はアドリアンにとって神学と数学の融合なのである。)

第16章 語り手は一年間の兵役につき、アドリアンから手紙をもらう。大学で音楽教育を受ける一方、ライプチヒの娼館にいく。へタエラ・エスメラルダ嬢(褐色がかった肌の女、スペイン風の胸衣を着て乳房に化粧をしたしやくれ鼻の女)にであう。

第17章 語り手は手紙を分析する。勉強などの報告はパロディであり、語りたいのは娼館のできごとである。潔癖で汚わいをきらう誇り高い男であるアドリアンは情欲への性向はない。これまで女に触れたことはない。しかし女がアドリアンを触れた。決定的なできごと。

「(アドリアンの)精神の高慢は、魂のない衝動との遭遇という傷を負っていた。アドリアンは、あの詐欺師にだまされて連れて行かれた場所にまたもどって行かねばならぬ運命にあった。」

第18章 この後語り手の勉強と就職のために、アドリアンとは1913年まで断続的にしか会えない。その間の消息は手紙などで知ることができた。20代前半、アドリアンは家庭教師だった音楽教師といっしょに音楽の勉強をする。すでに古いタイプの音楽になったオラトリオに惹かれる。

第19章 娼館に行って一年後、アドリアンは同じ娼館を尋ねるが目的の女はいなかった。歌劇「サロメ」のグラーツ初演を聞くためにその地に行ったが、それは治療を終えた女に会うためであり、その5週間後にアドリアンは二人の医師に自分の治療をお願いした。しかし奇妙なできごと(最初の医師は急死、次の医師は目の前で逮捕)で治療は放棄される。

第20章 兵役が終了し除隊した語り手は、数年ぶりにアドリアンと再会する。いくつかの習作(ブレイクやヴェルレーヌの詩に付けた曲)を見せる。台本を依頼した十歳ほど年上の翻訳家のリューディガー・シルトクナップと懇意になる。


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2023/04/15 トーマス・マン「ファウスト博士 中」(岩波文庫)-1 エリート主義のドイツ精神は資本主義と民主主義で消えてしまう 1947年に続く