odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

都筑道夫「なめくじに聞いてみろ」(扶桑社文庫)-2


2021/08/16 都筑道夫「なめくじに聞いてみろ」(扶桑社文庫)-1 1962年の続き

 

 雑誌連載なので、毎月一話。おそらく事件の起きた月を雑誌の掲載月にあわせている。クリスマスや正月が出てくるのはそれが理由と推測。

f:id:odd_hatch:20210806093524p:plain

第七章 ブルー・クリスマス:浜松→新宿→道玄坂下→宇田川町
 信治は人口調節審議会の自殺勧告の手紙を受け取り、大友ビルが北見という男を見張っている。殺し屋に狙われていると怯えているのだ。チンピラの絡まれているところを助けると、警官が信治らを拘束しようとした。紙のこよりで信治は対応する。
岡本喜八の同タイトルの映画はここからとったのではないかと妄想。でも脚本が違うので、多分偶然)

第八章 死にましておめでとう:新宿→四谷三栄町→浜町(矢ノ倉)→入船町
 ふたたび人口調節審議会から脅迫の手紙。啓子と大友が殺人予告をする霊媒師夫婦がいると知らせる。信治を殺せと依頼して、信治はさみしいレンガ倉庫の前で殺し屋が来るのをまつ。自転車のチェーンと手ぬぐいで対抗。1962年ですでに隅田川はどぶ臭かったのか(上流のパルプ工場の廃液のせい)。交霊術・心霊術の蘊蓄とデバンキングはものぐさ太郎シリーズの先駆。

第九章 上をむいて殺そう:箱根強羅→新宿→烏山
 新宿駅西口に盲目の乞食がいて、そいつが殺し屋。上を向いたら人死にがでるという(坂本九上を向いて歩こう」は1962年の流行歌)。今度は竜子を殺せと依頼して、大友らは警備にあたる。桔梗信治はどこかに出かけていていない。

第十章 ぐっと古風に狐つかい:新宿→四谷三栄町→新宿→駒込千駄木町→千住
 ヌードモデルが狐使いになって人を殺すという。例によって信治を囮にしたが、大友・啓子・竜子に人口調節審議会の殺人予告が配達された。啓子が行方不明になり、闇凧が信治を襲い、彼らは肉襦袢をみにまとう。(闇凧はたしか「なめくじ長屋」にでてきたような。 「幽鬼伝」でも使われたかも。記憶があいまいな私)

第十一章 犯罪博物館へどうぞ:下谷二長町→京橋→高輪→砂町
 行方不明の鶴巻啓子が所属するトウキョウ・インフォメイション・センタアに行くと、事務所は閉鎖の作業中。所長の溝呂木省吾が信治を私設の犯罪博物館に招待する。そこには信治が殺し屋を倒してきた時の道具がそろっている。砂町の空き地でガンマン風の決闘。魅力的な溝呂木省吾が一編だけで姿を消したのは残念(かわりに映画で大活躍)。

第十二章 塩まいておくれ:砂町→高輪→下谷二長町
 溝呂木の家に戻ると、親が育成した殺し屋の最後の一人がまっていた。鞭と拳銃の勝負。桔梗信治は自分の怪物性を自覚する。(ここらへんはのちの「闇を喰う男」「未来警察殺人課」などに継承)

第十三章 終列車はまだ出ない:下谷二長町→佐竹→市川
 田舎に引っ込むと片づけをしているところに大友がだんびらをかざして襲ってくる。竜子も信治の腕を縛る。信輔のドイツ時代の友人というブルッケンマイヤーが溝呂木の敵をうちにやってきた。春の畑で最終決戦。

 

 この小説を岡本喜八監督は気に入って、のちに映画にした。「殺人狂時代」1967年。桔梗信治が仲代達矢、大友ビルが砂塚秀夫、鶴巻啓子が団玲子、溝呂木省吾が天本英世(佐藤竜子は映画に登場しない)。天本英世の溝呂木博士が秀逸。ブルッケンマイヤーを手玉にする凄腕。ドイツ語を交わして、ラストの白い病院内で決闘を披露する。ほとんどが脇役か悪党だった役者のたぶん唯一の主演作。天本の姿を追いかけるだけでうっとりする。
 そのために、親の「飢えた遺産」を子が始末する趣向はなくなって、ナチス時代に失われた「クレオパトラの涙」というダイヤを探す話になった(「クレオパトラの眼」という宝石がでてくる短編を都筑道夫「あなたも人が殺せる」(角川文庫)に書いているので、監督は読んでいたかも)。そこをセンセーは残念がっているが、

「出来栄えは見事だった。あれほどナンセンスに徹底したスリラー映画は、これからも、めったにはでないだろう(P519)」

と絶賛。封切りでは興行会社の妨害だかがあって(岡本喜八の回想)、不入りだったそうだが、繰り返し上映され、ビデオが売られるようになってからは、岡本喜八の代表作とみなされるようになった。俺もその評価に同意(「暗黒街の弾痕」「独立愚連隊」「ああ爆弾」「肉弾」と「殺人狂時代」がおれの考えるトップ5。ほかにも「戦国野郎」「斬る」「日本のいちばん長い日」「血と砂」「大誘拐」と好きな映画はたくさんある。かつては「独立愚連隊、西へ」がトップ5にはいっていたけど(そのときは「ああ爆弾」を落とした)、今日的ではない描写がいまでは耐え難いので落とした)。

 

    


 白眉は第11章以降。それまでの一匹狼との一対一の決闘だったのが、人口調整審議会やら殺人請負団体やらの組織対個の戦いになり、アタック・アンド・エスケイプに収れん。過去の話に織り込んだ伏線が回収されて、最後の敵が意外な人物であるという探偵小説趣味もみごと。溝呂木との対決は、信輔対信治という父と子の葛藤であり、子による父の乗り越えというテーマがある。さらに殺し屋を消していく自分がより凶悪・凶暴な殺し屋に変身していく。自らの怪物性にうろたえるという大人の物語もある。溝呂木は桔梗の父でもあるし、自分自身でもあるわけだ。
 三度目の読み直しでも、ちっとも退屈しなかった。都筑道夫の長編の最高傑作。