odd_hatchの読書ノート

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ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 下」(岩波文庫)第7巻 物語は突如中断してフランス旅行記が挿入される

2023/11/10 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 中」(岩波文庫)第6巻 手術になったがまたトラブル。白紙ページ、二人称、図形、伏字に使用などスターン師は文学実験にいそしむ(いや読者サービスなのだ) 1762年の続き

 

 下巻に収録された巻はしばらく時間が空いてからの作。このような事情による。

「一七六○年に第一、二巻、六一年に第三、四巻、六二年に第五、六巻と定期的に出版されてきた本書は、作者の病気のため一時中断して、この第七、八巻は一七六五年に出た。その間に作者は二度フランスに旅行し、またフランスに一時住んでもいた(訳者注)」(第九巻は一七六七年)

 当時としては50歳は十分に老人。身体の不調は応えたことであろう。

第7巻。巻頭言がふるっている。

「こは作品よりの逸脱にあらず、作品そのものなり。(小プリーニウス、書簡集第五巻第六)」。

前の巻から時間が空いたのはフランス旅行にでかけていたからで、というわけで唐突に旅行記が始まる。語り手はトリストラムのようであり(父やトウビー他一座の連中も顔を出す)、スターン師自身でもあるよう。ともあれ奇妙なのは、めったにいくことのできない外国の記録でありながら、風靡明光な観光名所は書かれず、グルメも名産品もでてこない。珍道中のやらかしもない。語り手はフランスに行ったのか、それとも空想を想像で埋めたのか判然としない。
(スターン師のフランス旅行記は「センチメンタル・ジャーニー」という別書がでている。こちらのほうがまだしも観光のようであるが、普通の旅行記にはほど遠い。)

 

巻頭言 「こは作品よりの逸脱にあらず、作品そのものなり。(小プリーニウス、書簡集第五巻第六)」
第1章 前の巻からちょっと時間があきましたが、それはねえ、ユージーニアス、気力が萎えかけたのでずらかろう、死神が追いかけてくるぞ、というわけでして・・・
第2章 さっそくドーヴァーに行って船に乗ったのですが、ひどい風で揺れて揺れて・・・
第3章 カレーからパリに行くには三つ別々の道があって、どれを選ぶか決めるだけで半日はかかるでしょう・・・
第4章 私は行動しながら書くのですが、カレーについた時は夜だったのでどうにも筆の立てようがなく・・・
第5章 古記録を使ってご紹介しましょう・・・
第6章 読者の皆さんはカレーの包囲戦のことを期待なさるでしょうが、おおいそぎでブローニュへまいりましょう・・・
第7章 ブローニュで見るべきものと言えば世界一の図書館でして・・・
第8章 「フランスの駅馬車というのは最初に走りはじめる時に必ず何か故障がおきるのだな。」
第9章 フランスの町ではモンルイユこそが見るべき町でして・・・
第10章 でも死神がおいかけてくるので、すぐに出発することにして・・・
第11章 「旅とは何と都合のよいものでしょう!ただ人を昂奮させるのだけが欠点です。とはいってもそれには対策もあるので、次の章をお読みになればそれも読みとっていただけるでしょう。」全文
第12章 旅は大変(死神に浣腸されるようなもの)だけど、「できればどこかの小ざっばりした旅宿でいまはの息を引きとるように、指図を下していただきたい」。
第13章 のろのろしているのは死か地獄行きかと思うので、駅馬車をつかうのがよいですよ、てなことをくっちゃべっていたら宿のおかみさんにたしなめられて・・・
(この時代、西ヨーロッパの主要都市は馬車の通行網ができていた。場所によっては運行表も残っていて、だれがいつどこに行ったかを推測する手掛かりになっている。)
第14章 人間の魂の大きさについて。
第15章 少年馭者の先導する馬車に乗ってフランスの町を駆け巡り・・・
第16章 馬車にのっていると眠ってはいけないし、馬代の支払いはしょっちゅうあるし、贋金かと疑われるし・・・
(英仏の行き来は可能ではあっても、通貨が信用できるかは実際のもので判断されるという時代。)
第17章 「世界第一の、最も美しい、最も華やかな都」パリに到着。においも見た目もうーん・・・
(スターンが訪れた30年後に革命が起きたのだった。)
第18章 パリにはたくさんの街路がある・・・
堀田善衛モンテーニュを読むと、パリは16世紀末ごろから都市整備されていったので、古さと新しさがまじりあっているような都市だ。)
第19章 フランス人は陽気ですよ、この言葉を書いたら不機嫌という言葉を思い出しましたよ
(スターンには不機嫌は似合わない。なので不機嫌なスウィフトを好む夏目漱石は陽気なスターンは苦手だったのだろうなあ。)
20章 「私が大きらいなのは、フランスでは駅馬車がイギリスの場合のように早くは走らないなどと文句をいう人」です。
愛国主義がこじれて他国憎悪にいたるのは、このころからあったのか)
第21章 アンドゥイエの尼院長の話。関節痛の治療でロバに乗って出かけたら、ロバが動かなくなり・・・
第22章 尼院長らが悪態をつくと、「老いたほうの螺馬がおしりから風を出しました」
第23章 日も暮れて野宿しないといけないと思うと尼僧らはパニックになって・・・
第24章 若い尼がロバが動き出す秘密の言葉があると言いだし・・・
第25章 でも尼僧がいうには恥ずかしい言葉(いまなら淫語という)なので半分ずつ言いましょうということになって、やってみると・・・
第26章 落ちをつける間に、私らはずいぶん遠くまで行ってしまいました・・・
第27章 この旅には父もトウビーもトリムも同行していて、オーゼールの修道院で聖遺物をみにいきましてな・・・
(実写フィルムにアニメのキャラクターが登場するような異化作用。)
第28章 「今私が書いている今度の旅のほうでは、私はもう完全にオーゼールを後にしていますし、別の機会に書こうと思っているもう一つの旅のほうでは、まだオーゼールを半分しか抜け出していないというわけです」というふうにテキストのレベルを意図的に混乱させている。
第29章 ラングドックからリヨンに向かい・・・(要約しようがない)
第30章 リヨンの大聖堂の大時計を見に行ったが、私、からくりにはさっぱりなもので・・・(と時計からシナの文字に連想飛躍)
第31章 リヨンと言えば悲恋のロマンスでして(と物思いを書き連ねる)・・・
第32章 リヨンを出立する日に目を引いたのはかわいそうなロバで、私、ロバとならずっと会話ができるのでして・・・
(観光を全く書かないでこんな瑣事ばかりに頁を費やしやがって・・・)
第33章 ロバをひっぱたいていた男とでくわし・・・
第34章 彼は役人で、通行税を払えと言い出し・・・
第35章 国王の命令書もだし・・・
(トリストラムはフランスの税金が役人の一存で変わることに憤っている。)
第36章 私はこれまでの旅程と支払った税金を書いたノートをなくしたので、大げさに嘆き悲しむと・・・
第37章 悪態を言い(読者が悪態を書き込める場所を提供)


第38章 なくしたと思われる馬車周旋屋にいったらおかみさんがノートを頭に乗せていて・・・
(メイボールの柱の周りをおどる祭がでてくる。この時代にもあったのだね。5月の豊年祈願祭だ。)
第39章 ようやく解決したので大時計を見に行ったら動いていないと言われ・・・
第40章 今度は悲恋ロマンスのカップルの墓を見に行くことにし・・・
第41章 そのあと急いで船に乗ってアヴィニョンに行った。風が強い所?・・・
第42章 もう死神も追いつこうとして来ないので、ロバに乗ってゆるゆるとラングドックを旅しているところで・・・
第43章 ニームからルネルに行く道中のできごと(何の話かさっぱりわからん)。で中断していたトウビーの色恋の話を再開しましょう

 

 スターン氏の少し年下がアダム・スミス(1727-90)。この二人を並べると、イギリスの状況が少し見えてくる。産業革命が進み、イギリスの製造業が急発展。それによってイギリスの社会構造もかわる。労働者が増えてブルジョアの景気がよくなる。土地所有の貴族は大規模化して収入を増やすか、従来に固執して没落するかの二極化。そうすると、スターン師が記録したシャンディ家は後者にあたる。18世紀の半ばであれば、まだ資本主義の脅威は田舎貴族までには及んでいないと見える。しかしその内実を見ると、浮世ばなれした人々が世事にうといまま暮らしている。まるで現実逃避しているよう。シャンディ家の人々はオタクを先取りしているかのような行動性向をもっている。漱石から半世紀までのこの国の読書人は本書をファンタジーに\のように受け取っていただろうが、21世紀には歪んではいるがリアリズム文学にみえてしまう。

 

    

  

 

2023/11/07 ロレンス・スターン「トリストラム・シャンディ 下」(岩波文庫)第8巻 トリストラムは忘れられ築城術にしか興味がない叔父トウビーの恋物語が始まる 1765年に続く