日本のホームズパロディは1980年までは低調だったが、その後急速に増えた。一度1980年代に河出文庫でアンソロジーをつくったときは2巻でほぼ全作を網羅できたが、その後多数でてきたので2010年に再度編み直した。本書の続巻「2」も出ている。とのこと(編者解説による)。
黄色い下宿人(山田風太郎)1953.12 ・・・ 1901年。ロンドンである裕福な老人が行方不明になる。部屋には赤い卍の印が残されている。それが秘密結社の印と指摘した「黄色い下宿人」が怪しいということになり、さらに彼の下宿の横に住む老人の家令も池で水死しているのが見つかる。ホームズの推理が真犯人を指摘するも、「黄色い下宿人」がいやいやと異論をはさむ。あの人とホームズ邂逅譚のもっともはやい例かしら。トリックは黒岩涙香「幽麗塔」からいただいちゃっているが、何しろ文章の達者なことで気にならない。作者は30代前半と思われるが、達意の文章家。1980年以降にデビューした作家にかけている文章力がこの人にはある。
踊るお人形(夢枕獏)2003.11 ・・・ 115歳媼が語るホームズ譚。漱石が「猫」を書いているころ、ある浄瑠璃一座で連続殺人が起こる。事件の前には人形が投げ込まれ、毎回異なる仕草をしていた。この事件を持ち込まれた夏目漱石がホームズを呼び寄せたのだった。来日前にホームズは浄瑠璃本を読んでいて、それの基づく解釈をしたのだった。しかし犯人の目論見とはちょいとズレていて・・・。落語の蒟蒻問答みたいになる異文化理解の困難。(一言言っておくと、異文化と遭遇したときに理解しようとしなくてよいのです。彼らにやってはいけないことを知ってそこに触れないように相互不干渉を貫けばよい。あとは商品とサービスをビジネスライクにすなわち契約を遵守するように誠実に売買すればよいだけ。ヘイトスピーチや誹謗中傷は絶対にダメ。)
シャーロック・ホームズの内幕(星新一)1961.02 ・・・ 売り出し中のホームズは金がない。貧乏貴族が相談に来たので金をむしる算段を取る。あの名作の前日譚。
ワトスン博士の内幕(北原尚彦)2007 ・・・ 編集者がワトソンに「語られざる事件」を一編にまとめるように頼んだが、ワトソンはけんもほろろ。ホームズに聞くとそんな事件はないという。いったい・・・。
死の乳母(木々高太郎)1936.08 ・・・ ロンドンの古本屋でドイルの心霊術本をあさっていると、夢を見た。ある公爵家で息子が6歳になると胃腸虚弱で死んでしまう。その都度呼び出される乳母は気が気でない。この人の固い文章で読むと、ホームズはまるで大学教授のよう。
シャーシー・トゥームズの悪夢(深町眞理子)1972.10 ・・・ トゥームズが首相と副総監から盗まれた手紙を取り返すよう依頼される。すぐに秘書があやしいとわかり、トゥームズは変装して会いに行ったが・・・。著者は以下のホームズ・パロディ譚の翻訳者。これらの翻訳作業中の作品とのこと。
2013/11/28 ロバート・フィッシュ「シュロック・ホームズの冒険」(ハヤカワ文庫)
2013/11/29 ロバート・フィッシュ「シュロック・ホームズの回想」(ハヤカワ文庫)
緋色の紛糾(柄刀一)1999 ・・・ 1990年代の二子玉川にホームズとワトソンが復活。研究室の密室殺人事件に挑む。とても幼稚な文体とキャラ。パロディはオリジナルを馬鹿にすることではないよ。それに「(中国出身にしては)日本語が上手」「(美男子をみた若い女性が)腰をくねらせる」など差別・侮蔑表現をするのがダメ。
ダンシング・ロブスターの謎(加納一朗)1984.07 ・・・ うってかわって1891年に来日中のホック探偵が珍事を捜査。入院中の女主人に強心剤の注射をしたら死んでしまった。死ぬ際に「海老が踊る」と謎の言葉を残す。「事件簿」のころのホームズ譚の換骨奪胎。
「スマトラの大ネズミ」事件(田中啓文)2004 ・・・ 「回想」と「帰還」の間のホームズ譚。ライヘンバッハの滝での死亡、モリアーティ教授の享受、チャレンジャー教授との邂逅、心霊術への傾斜などが新解釈される。
古いものほどよくて(山田風太郎「黄色い下宿人」が本アンソロジー唯一の傑作。1990年以降に書かれるいくつものホームズvs夏目漱石ものに比肩できる)、新しいものほどダメになりました。後半3つは読むのも耐えがたい。なんでだろう。
新しいのにジェンダーロールが守られていないし、レイシャルハラスメントを肯定するし。ナゾときに明け暮れて、モラルと正義を考えるのを止めてしまったのか。「複数の正義がある」の相対主義や「考え続けねばならない」の思考停止はいらんです。それに幼稚な文体に薄っぺらいキャラの書き込み。謎ときに明け暮れて、文体修業をおろそかにしたのか。あるいは古典の精読を怠ったのか。これだから昭和以前のエンタメしかすなわち自分より年上の作家のものしか読みたくなくなる。
都筑道夫「えげれす伊呂波(@新顎十郎捕物帳)」(講談社文庫)がないのが残念。古いアンソロジーには入っていたのに。
ミステリー文学資料館編「シャーロック・ホームズに愛をこめて」(光文社文庫)