odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

高橋和巳「堕落」(新潮文庫) 成功した社会起業家も性加害を反省しなくてだいなし。

 40歳になる前に夭逝した作家のほとんど最後の作品。この後京都大学文学の教授になる大学闘争の調停に消耗し、がんを患って亡くなってしまった。多忙と多筆は想像力を枯渇させたのか、この中編はそれまでに発表した長編をつまみぐいしてこしらえた。


 青木隆造は敗戦後増加した米軍兵士と日本人の間に生まれた「混血児(ママ)」を養育する私的施設を長年経営してきた。アメリカ軍はこの件を放置し、日本の権力も支援をしてこなかったため。そこには肌の色に基づく民族差別が生まれ、「混血児」は社会から見捨てられてきたのである。そこで青木は行政や占領軍と交渉しながら支援を引き出し、20年近くも経営してきた。経済成長により社会に余裕が生まれると、彼の存在は脚光を浴び、この度顕彰されることになったのである。
 しかし彼は自分を恥じていた。なんとなれば青木は満州国を運営するグループの一員であり、国家社会主義(社会を国家化しようとする全体主義)を満州の地で実現することに情熱を傾けていたから。しかしポツダム宣言受諾とソ連の宣戦布告によって理想と夢は吹っ飛び、2年のシベリア抑留を経て帰国したのだった。そこにおいて国家に対する不信は根強くなり、国家が見捨てたものを救う事業に専心することで国家に復讐するつもりであったのだ。なので、革命思想に取り憑かれた若者を(他の企業に就職できないのに)引き取るまでのことをした。
 ここまでは理解可能な範囲。 全体主義傾向を持つものが社会起業家になることはめずらしくはない。でも青木が不可解なのは、社会的名誉を得て報奨金200万円を受領したとき、突然疲労と倦怠感、疎外感が生じ、自分の事業と存在を無と思うようになるところ。彼は突っ込まれないように注意していたが、妻は10年以上前から精神疾患を生じ、介護されていたのだった。子どものない青木は施設の従業員に甘え、介護の現場にほとんど来ない。そして秘書と従業員の女性を続けて強姦してしまう(小説では「てごめ」と書いているが、相手の同意がないので性加害に他ならない)。そのことは施設に知れ渡ることになり、彼は強権をもって押さえつけようとするが、それもむなしく感じ、報奨金200万円を横領して逃亡してしまうのである。ついに青木は貧困街の飲み屋で若者4人にゆすりにあい、反撃して刺殺してしまった。
 この人の行動傾向や自己評価はある種の発達障害を見たくなるが、だからと言って性加害が正当化されるわけではない。全く反省しない。当人にはご立派な思想がありそうだが(いや薄っぺらいと思う)、その検討をするまでもないや。
 「非の器」と「憂鬱なる党派」を併せて再話しているだけです。

 

 注目したのは、主人公が満州国の官僚出身であるというところ。大日本帝国からみると辺境であり異邦の国。そこに情熱を持った「異邦人」が大日本帝国に復讐し、国家に反逆しようという状況をこねくり回そうとしたのだろう。振り返れば、「憂鬱なる党派」の大阪の貧民窟、「邪宗門」のカルト宗教集団、「日本の悪霊」の私生児、幾多の小説にでてくる武装闘争を実行する革命組織は、この小説と同じく大日本帝国から疎外された辺境だった。そこに作家の国家観を見てもいいけど、その意欲をなくすほどの女性蔑視と好色だった。昭和の作家は戦後民主主義を経験してもダメだなあという感想。

 

高橋和巳「堕落」

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