odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

吉村昭「関東大震災」(文春文庫)

 関東大震災の被害は、小沢健志「写真で見る関東大震災」(ちくま学芸文庫)で。
odd-hatch.hatenablog.jp

と言いながら、テキストでないと伝わらない情報もある。本書の指摘を抜き書きで。

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・震災による家屋の倒壊や火災(出火の原因は薬品由来という。学校、工場、倉庫などに保管された引火性や爆発性の薬品が出火した)によって、十数万人の死者がでた。その死体処理のために、野外で薪・石油・重油で焼くことになった。煙と死臭が住居地付近にでて、その匂いを嗅いでいたことになる。

・被災者もそれ以上にいたので、糞尿処理ができなくなった。人々は野外で、夜間に排泄したので、異臭がでて、伝染病も発生した。その後、被災者を含めた市民はマナーを守らなくなり、勝手に排泄し、塵芥をすてたので、東京はゴミだらけのまちになった。

・被災者のためにバラックを用意したが、一人当たり1畳のスペースしかなく、壁がなく、仕切りは菰やむしろくらい。簡易便所が不足したので、不潔きわまりない場所になった。

・発生直後から、窃盗、強盗、詐欺、誘拐などの犯罪が多発。便乗値上げする卸会社も多数発生して、インフレ状態になる。これらの治安悪化の犯罪を行ったのはほぼすべてが日本人だった。

 首相の加藤友三郎が8月24日に死去していて、後継首相が決まっていない時期に震災が起きた。そのせいもあるだろうが、政府の対応は極めて緩慢。被災者への食糧、居住、衛生などの支援活動はほとんど行われない。加えて、被災者のなかには便乗して犯罪を犯すものもいて、治安も安定しない。

 その状況で、近代日本では未曽有のジェノサイドが起きたのだった。
・1910年に韓国が併合される。日本は土地「改革」を行い、朝鮮の自作農が貧困になるように仕向けた。その結果、貧困な農民が1920年ころから日本に来るようになる(高崎宗司「植民地朝鮮の日本」(岩波新書)。急速に朝鮮人が増えていた。政府は朝鮮への侮蔑や差別の政策をとっていたので、人々に蔑みの感情が定着している。画像
田中宏「在日外国人(第三版)」岩波新書から

・本書によると大震災の翌日に横浜で流言が始まり、すぐに被災地とその周辺に広まったという。村や集落単位で自警団が組織され、武装(農具、日本刀、拳銃など)して警戒を開始。不審者を見つけると暴行、殺害にいたった。その事例が多数収録されている。内容はひどい。日本人はどしがたい。震災が落ち着いてから吉野作造が調査して殺害されたものは2613人とした。その後の調査では6000人以上とされる。

・震災のパニックと情報途絶からの集団心理の蛮行とされるが、一時期は警察や軍その他行政もデマを信じていた。自警団の朝鮮人引き渡しに応じ(あるいは集団で襲撃され連れ去られる)、虐殺に至った事例もある。1923/9/5ころからデマ打消しを警察が始めたが、鎮静化するのは10月に入ってから。

・加えて、社会主義者もジェノサイドの対象になった。その最大の事件が甘粕憲兵らによる大杉栄伊藤野枝・甥の少年の虐殺。これはパニックではなく、甘粕ら憲兵による混乱に乗じた暗殺であった。

・ジェノサイドの矛先は日本人にも向かう。軍服や警察官の制服を着ていても、自警団は彼らを誰何し襲撃しリンチした。被害者は数十名らしい。

 ジェノサイドが民衆、大衆、国民の中から自然と醸成され、殺戮が進行したことが恐ろしい。止める人間はいたものの極めて少数であり、止めるまでには至らない(むしろ制止することが殺戮の対象者になることでもあった)。流言は検証されないまま広がり、不安になった人々は排外に傾斜する。そこには差別と蔑視の感情と一緒に恐怖の感情もあり、自衛の名目で虐殺が行われたのだった。問題は民衆、大衆、国民だけにあるのではなく、それを利用した軍や警察(一部で制止した実績があるがたいていは放置した)であり、朝鮮の植民地化を進めた政府の政策がジェノサイドを後押ししたのである。このような社会の異物・よそものへの敵意は事件の20年後の沖縄でもみられた。
 およそ100年前の愚行であると片づけたい気持ちがあったとしても、21世紀の日本はそのような思い込みを許さない。すなわち、在日コリアンへの差別やジェノサイド扇動が路上やネットで頻繁に行われていること。これは「反差別」タグの感想エントリーに実例があるので参照。それだけでなく、さまざまなマイノリティへの差別や殺人が起きるようになっている。この差別や排外の感情を後押ししているのが、メディアの対応(というよりヘイトスピーチの放置)。そして政府と行政の政策(というより差別の放置、ときに推進)。
 最近の傾向は、1923年の震災に乗じた朝鮮人虐殺を「捏造」「まぼろし」とする主張が現れていることが重要。例によって、人数がおかしいとかそれだけの朝鮮人は当時の日本にはいなかったとかの言いがかりに基づく悪質な歴史改ざんが生まれている。それを真に受けた差別団体や議員が鎮魂碑の撤去をもとめたり、慰霊祭を欠席するように求めている。2017年には小池百合子都知事が慣例だった朝鮮人虐殺事件犠牲者への追悼文送付を拒否した。

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 排外主義や差別感情を、政府が容認し、行政があおり、ネトウヨのような市民が路上やネットで騒ぐ。その先にあるのは、他国で見られた国内のマイノリティへのジェノサイド。それに加担する可能性があり、被害者にされる危険がわれわれのまわりにある。つくづくと日本人はどしがたいと嘆息するような、情けない気持ちになるような、悲惨さに目をそむけたくなるような苦痛ある読書だったが、これは読まねばならない。