odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-3 資本主義的世界システムは危機。その先は新封建国家か民主的ファシズムか。

2024/05/30 インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-1 地中海貿易を遮断されたヨーロッパが新大陸での民族浄化と奴隷制、国内の性差別で資本主義を発展させた。 1995年
2024/05/28 インマニュエル・ウォーラーステイン「新版 史的システムとしての資本主義」(岩波書店)-2 資本・企業家は資本蓄積だけが目的であるように、労働者は自らの生存と負担軽減だけが目的。反システムの社会主義は資本主義的世界システムの援軍になる。 1995年の続き


 以下は1995年に追加された補論。ソ連と東欧の社会主義国家は潰えた。次のシステムは何かと模索している時期に書かれた。湾岸戦争があり、旧ユーゴスラヴィアの内戦は周辺には波及しないでいた。日本を除いた西側先進国は80年代の不況を脱して景気がよくなっていた。ヨーロッパはEUの設立に向かっていた。イスラム諸国の反システム活動はほとんど目につかない。資本主義的世界システムは永続的かもしれないという言説を当時見たことがある。問題はあってもやりすごせると思えることができた時代。

 

資本主義の文明
Ⅰバランス・シート ・・・ 資本主義的世界システムを評価するためのバランスシートをつくろう。通常は資本主義は進歩や幸福をもたらしたとされるので、まずかった点を挙げる。
1.疾病・感染症:いくつかは減らしたが、新しい疾病と感染症を生み、高速で世界に蔓延させた。
2.飢餓:食糧生産は増えたが分配には失敗。格差が拡大し富が偏差している。
3.内戦:民族紛争が増加。レイシズムによる民族の再編と階層化。
4.資源の枯渇と環境破壊
5.個人生活の質:分配の不均等、再生産コスト(とくに教育)上昇で少子化、教育がレイシズムと内戦を生む
6.集団としての生活の質:資本主義は普遍主義(科学と人権と能力主義)をイデオロギーにもつが、実際の制度では実現していない。人権はなく、能力主義は少数だけが恩恵を受けるエリート主義。民主主義は特権に向かうこと、ヒエラルキーがあることを正当化する。参政権は拡大したが、コモンが消え政治参加の機会を失わせた。
こういうバランスシートを作る際に、「誰のために」という評価軸・視点が必要。とくに特権を持たない世界の60%以上の人たちにとってどうなのか。すべての史的システムは寿命があり、次のシステムに道を譲る。では資本主義的世界システムの次のシステムは?

Ⅱ将来の見通し ・・・ 資本主義的世界システムの矛盾は3つにまとめられる。
1.資本蓄積:資本は独占をめざすが市場の競争のために達成されない。そのために停滞と調整が起こる。
2.政治制度:世界システムは幹部に高い報酬を出し、それ以外は低い報酬に抑えようとするが、後者の忠誠を保つためには報酬をあげざるを得ず、幹部の要求に応えられない。過去は、幹部以外の政治参加を認めることと再分配を発展すること(たとえば生活保障や年金制度など)で対応してきたが、1970年代で限界になった。国家の正統性に疑問が生まれ(1968年の大衆紛争が象徴)、支配者は神聖であり階級秩序が必要という信念が崩れた。
3.地政文化:個人主義(個人の決定を尊重する:エゴイズムではない)は普遍主義と人種差別を生むが、少数の人が有利なことを正当化する普遍主義と、大多数が不利なことを正当化する人種差別は矛盾を起こす。国家はどちらかに偏重することを繰り返す。
資本主義的世界システムは転換点を迎えている(本書は1995年に書かれたので、ソ連崩壊を受けてのこと)。予想されるシステムは、A.新封建制度、B.民主的ファシズム、C.高度に分権化・平等化した世界。南から北への人口変動がますます大規模になり、国家を脆弱にするかも。

 

 追加された章の歯切れが悪いのは、1990年代の一見資本主義的世界システムが安定しているように思えたからか。20世紀の反システム運動とナショナリズム運動が潰えたように思えたせい。でもそれはシステムのの中核と亜周辺を見ていたからだった。と21世紀のできごとを見てからの歴史的遠近法の評価。実際は周辺でシステムを揺るがすことが起きていた。1990-1994のルワンダ内戦でレイシズムによる民族浄化が起きていた。ユーゴスラヴィアチェチェンなどの内戦でも宗教と民族の違いに基づく虐殺が起きていた。それをシステムは止められなかった。むしろウォーラーステインの言う〈労働者〉のように、自らの生存と負担軽減だけを目的にして、システムを支援するだけになった。その上システムの覇権国であるアメリカの力が弱くなっている。アメリカの言うとおりにする国はない(日本を除く)。
 この不安定と危機は21世紀にはますます高まっているよう。ことに中核にある国でレイシズムが強い勢力になっていることに危惧する。その結果、著者の見通しのうち、Bの民主的ファシズムがそこかしこの国にでき、世界がブロック経済圏に分割されそう。そして普遍主義を補完するナショナリズムレイシズムファシズム国家で民族浄化を起こすのではないか。とりあえずの覇権国であるアメリカでさえ、レイシズムに誘惑される人々が全体主義の独裁者を民主的な手続きで選ぼうとしている。
 ウォーラーステインはじゃどうすればいいかを書いていないので、未来は自分らで構想しないといけない。しんどい。

 

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