odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

横溝正史「本陣殺人事件」(角川文庫) 金田一耕介が初登場する記念作。肩に力が入りすぎて冒頭から50ページは停滞するのが惜しい。

江戸時代からの宿場本陣の旧家、一柳家。その婚礼の夜に響き渡った、ただならぬ人の悲鳴と琴の音。離れ座敷では新郎新婦が血まみれになって、惨殺されていた。枕元には、家宝の名琴と三本指の血痕のついた金屏風が残され、一面に降り積もった雪は、離れ座敷を完全な密室にしていた……。アメリカから帰国した金田一耕助の、初登場の作品となる表題作ほか、「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」二編を収録。
http://www.kadokawa.co.jp/bunko/bk_detail.php?pcd=199999130408

 昭和21年に雑誌「宝石」に連載された本格探偵小説。そして金田一耕介が初登場する記念作。この事件が起きたのは昭和12年(1937年)。このとき金田一は25-27歳ということなので、彼が生まれたのは1910年ころ。この数年前にはアメリカにいたというから、大不況と日本人排斥に遭遇して苦労したことだろう。彼が麻薬におぼれ、偶然補助してくれる人がいたおかげで厚生することができた。彼を助けた人は、日本の犯罪捜査およびエンターテイメント小説に多大の貢献をしたことになる。

 さて、戦中の鬱屈(敵性小説ということで探偵小説は書くことができず、作者は捕物帳を書いて糊口をしのいでいた)をはらすかのように(作者は8月15日を迎えたときに、「これで探偵小説が書ける!」と快哉したのだった)、とても力が入っている。60年を過ぎて読みなおすと、肩に力が入りすぎ、物語の進行が停滞気味になっているのが気になってしまう。最初に、密室殺人事件に関するうんちく、そして一柳家の累歴、異様な人物の紹介があって、婚礼の場面になる。事件が起こり、捜査が行き詰まるまでで物語の半分が過ぎ、ようやく探偵が登場。そして探偵の経歴が語られる。彼の活躍は50ページほどで、すぐに再現実験と推理が披露される。雑誌連載ということがこのようなパッチワークになったのだと、好意的に推測する。とはいえ、ほとんど会話のない冒頭から50ページほどの語りを読むのはなかなか大変なことだ。
 これが戦前の「鬼火」「真珠郎」のようなゴシックロマンスであると、冒頭のような長々しい語りが効果的だ。そこに語られる怨念や遺恨が、のちのカタストロフを効果的にする。ところが、合理の実証の世界であると、このようなナラティブはうっとうしい。
 という具合に、「本陣殺人事件」は過渡期の作になる。これがこなれてくるのは、次の「獄門島」から。そして「八墓村」「犬神家の一族」「悪魔の手鞠唄」という大作群に結実することになる。
 同時収録の「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」もおなじような過渡期の作。このころは「密室」「顔のない死体」「アリバイ崩し」などの趣向をこねくり回すことに熱中していたみたい。そこを過ぎてからは、趣向と物語がうまく融合していったのだな。
 昭和21年の世相や風俗を前提にしているので、このころの貧乏な日本を知っていないと、これらの物語は難しいのじゃないかなあ。電気はしょっちゅう止まっていたし、新円切替で経済は混乱していたし、農地改革で地主と借地人で争議がおきていたり。たとえば「サザエさん」の初期のものとか、手塚治虫奇子」、映画「野良犬」などが参考になるだろう。

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